禅-心をかたちに-京都国立博物館特別展|感想体験談と実際の混雑状況

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

2016年4月12日から5月22日(日)まで開催中の京都国立博物館特別展「禅-心をかたちに-」に、5月1日(日)に行って参りました。
0a20bd2468392acae67935413a23ce63_s ↑京都国立博物館の敷地内には、上の像が実際にあります。
朝の9時頃に、京都国立博物館の南門に到着しましたが、すでに20人くらい並んでいらっしゃり、9時15分の開門までに50人ほどに達しておりました。

まあでも、琳派400年記念祭の琳派特別展示よりはもの凄く空いている感じがしましたがね。

トラブルらしいトラブルもなく(一人、前の人にいちゃもんつけているじいさんがおりましたが)9時30分に展示会が開き、滞りなく観て参りました。

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体験談と言いますか感想と言いますか

禅の絵画や禅語の書いてある掛け軸などを、順路に沿って周り、大体私が全て見終わったのは、1時間30分もかかりませんでした。

ゴールデンウィーク、連休の日曜日という、人が込みそうな日程であったにもかかわらず、すんなりとゆっくりじっくり観賞出来る程の混雑状況です。

混雑はしておらず、スムーズに観覧出来る状態でしたね。

琳派400年記念祭の琳派展が特別混雑していたってことでしょう。



今回の表題に「感想体験談」と書いてありますが、特別に奇跡体験をしたりとか、悟ったとか、仏教と一体化したとか、そんな感想は御座いません。

確かに、1階に展示されていた大日如来像や不動明王像は、大きくで存在感がありました。
(私は仏像に合掌して参りました。)

また、戦国武将を描いた掛け軸や、禅独特の空間や間合いが見事な屏風、伊達政宗像などがあり、厳かな雰囲気を感じたものではあります。



ただ、もの凄く無味乾燥な感想で恐縮ですが、基本的に「ただ、そのままに観る」というだけでしたね。

私は功徳を求めて京都国立博物館「禅-心をかたちに-」を観賞しに訪れたわけでは無いから、このような無味乾燥な感想になり申し訳ありません。



でも、禅の絵画がどんな感じか、これは実際に体験して頂かないとわかりませんし、ここで言葉を尽くしても伝えきれないでしょう。

今回の禅展「禅-心をかたちに-」は、あまり混雑もしておりませんから、気になるならやはりご自身で体験される事です。

「冷暖自知(冷暖自みずから知しる)」という禅語もありますし、その禅語を実践すると言う事で、禅展を観られては如何でしょうか。
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申し訳ありません、感想や体験談が、なんだか説教っぽくなってしまいまして。

「くじで出会う禅のことば」は「雲在青天水在瓶」

「禅-心をかたちに-」には、幾つかのイベントが催されています。

その中の一つで、私も目当てとしていたワークショップイベントに「くじで出会う禅のことば」というのがあります。



私が引いたくじは
:雲在青天水在瓶
という禅語でした。

これは「雲は青天に在り、水は瓶(へい)に在り」という読み方をする禅語です。

意味は
:それぞれが、在るべき場所にあるがままにあること
です。

私は「あるがまま」も大切ですが「ないがまま」も付け加えて解釈している禅語です。

これは、自分のあるべき所、全うすべき事を教訓とする解釈で伝わっている禅語です。

この禅語は「雲」が「月」となり、「月在青天水在瓶」として説かれることも御座います。



そういえば、これにまつわる話として、京都におわしました華厳宗の僧侶であられる明恵勝因の逸話と共に、教えて下さる方もいらっしゃいます。

明恵上人は、仏教の教えについて問われたときに、
:阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)
と伝えられたと言います。

私が読ませて頂いた浄土真宗僧侶の本「仏教のぶっ」では、「易しい経典は阿留辺経(あるべきょう)」という説かれ方をしておりました。

これは「あるべきように」ということであり、「雲在青天水在瓶・月在青天水在瓶」に通じますね。



ちなみに、似た禅語に
:柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)
というのもあります。



私はこの禅語とご縁賜りましたが、他には「喫茶去(きっさこ)」という、私がうつ病と診断されて、症状が酷い状態で通院している時に出会った禅語もありました。



このワークショップでは禅語をなぞって書いてみる写経のような作業もありますし、禅語とプチ写経を同時に学べるなかなかに実践的な催しです。

毎日10時30分から開催されておりますから、時間内に実際にくじを引かれてみては、と思います。

もしかしたら、今後あなたの座右の銘となる禅語と出会えるかもしれません。

臨済宗の僧侶による椅子坐禅指導

今回の京都国立博物館「禅-心をかたちに-」で、私が一番注目していた催しは
:臨済宗の僧侶が指導して下さる椅子坐禅講座
です。



今回は、嵐山にある臨済宗のお寺のご住職と、三重県から来られた臨済宗のご住職二名が、椅子坐禅をご指導下さいました。

会場は180人収納できる地下の講堂で行われましたが、ほぼ満員でしたね、やはり皆さん坐禅には興味がおありのご様子で。



座布団を敷いて座る坐禅は、真言宗の阿息観と、曹洞宗と臨済宗の坐禅は何度か座禅会などで教わりましたが、正式に椅子坐禅を禅僧にご指導賜るのは、今回が初めてだったりします。

椅子坐禅のやり方は、曹洞宗の禅僧である枡野俊明さんの本や動画で学んだ事はありますけれども。




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「禅-心をかたちに-」の椅子坐禅指導では、最初に5分、一旦区切ってまた5分、そして白隠禅師の健康法についての話や言葉についての御法話が御座いました。

白隠禅師の健康法というのは、このお堂(ブログ)でも紹介した事が御座います。

「イライラする時の対処法」
「アンガーマネジメントとは」
という話の中で、実際の方法を触りだけですが紹介させて頂いております。

白隠禅師の健康法は二つあり、一つは「内観の秘法」と呼ばれるもので、もう一つは「軟酥(なんそ)の法」というものです。

「軟酥の法」は、頭のてっぺんにチーズのようなとろける何かが乗っかっていて、呼吸と共にそれがとろけて身体に広がっていく、というイメージをする法です。

言うなれば、禅的イメージトレーニングですね。



私も坐禅するときはこれを意識しており、坐禅の最初に「内観の秘法」をするわけですが「わがこの臍輪以下丹田・・・」とやっております。

内観の秘法のポイントは、足の裏「足心(そくしん)」と呼ばれる部分、土踏まずのことですが、丹田から足心まで意識を持っていくことです。

「坐禅の時以外でしたら、就寝するときにこの方法を使うと良いですよ。」と、講座で教えて頂きました。



その他には、北枕は本当は医学的には理に適っている寝る方角であるなど、色々と教えて頂きましたよ。
お坊さん 黒

感想や体験談、混雑状況を知るより、実際に行くことが大切

今回、私が京都国立博物館「禅-心をかたちに-」の感想や体験談、椅子座禅会の様子などをお伝えしております。

でも、私の言葉足らずで拙い説明では、なかなか伝わらなかったのではないかという反省は御座います。

反省は御座いますが、それ以上に、やはりこういう催しは、口コミ感想や体験談を聞くより、一度行かれることです。



百聞は一見にしかず、それこそ「冷暖自知」です。



特に坐禅は、実際に禅僧に教わって体得しないと、「野狐禅(やこぜん)」の坐禅になってしまいかねません。

「野狐禅」とは、禅とは似て非なる禅という意味で、独学でやるが故の独りよがりな禅の事です。
(フォークバンドの事ではありません、確かにいらっしゃいますけれど。)

もっとも、この辺りは私も常に意識して省みているところではありますが。



実際に特別展に行かれる事で、禅の世界を味わうと共に、坐禅も体験される事で、禅を実践し体感出来るであろうと、私は思うております。



合掌

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