やる気を出す方法と仏教・禅の智慧

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

「やる気スイッチ」というどこかの塾のCMが御座います。
133947あのCMのように、仕事や勉強のやる気が出ない時に「パチン!」とスイッチ一つでやる気が出たら良いなあ、と思う人って、案外多いのではないかと想像しております。

「仕事をやる気が起きない・・・。」
「勉強のやる気を出す方法ってないかなあ。」

このような悩みが多くて、やる気を出す方法の需要は多いのであろうということは、本屋の自己啓発本コーナーに行けば何となく察することが出来ます。

有名スポーツ選手や経営者の名言や有り難い言葉を載せた本が、結構売れていたりしますからね。



現在でしたら「モチベーションアップの方法」「モチベーションの上げ方」と言う方が良く聴かれます。

モチベーションの意味は
:物事を行う動機付け、目的意識
ですから、「モチベーションアップって動機付けを上げるって意味になるけど、どういう意味だ?」とよくわからなかった時期があったものですがね。

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やる気を出す方法論や、やる気の出る言葉や本は沢山あるが・・・

巷には、本屋やブログ、インターネット上でも、「勉強のやる気を出す方法にこの名言」「仕事のやる気が出ない時にきく言葉」
といった、自己啓発系の言葉を載せた本が沢山見つかります。



確かに、結構具体的に書いてある物もあって、私も「なるほどなあ。」とは思ったり、一理あるなあ、と感じることもあります。

実際に以前の私も、自己啓発本を沢山読み漁っていたことはありますし、やる気が起きない時にすがりたくなる気持ちも、実体験から把握はしております。



中には、商業カルト的な自己啓発セミナーに通い詰めて、無理矢理やる気を出そうとする人もいて、莫大なお金を費やす人までいます。

聞いた話でしたら、同じ自己啓発セミナーに20回以上も通って居たりとか。

実際に私も潜入したことのある某氏の自己啓発セミナーでは、「今回で2回目なんですよ」と仰っていた方もいらっしゃいましたから、実際にそのような人はいる事を知りました。



でも、自己啓発セミナーに限らず、やる気を出す方法や言葉が書いてある本の類いを読み漁って、実際に本当にやる気満々の人生を歩んでいる人って、どれだけいるのか疑問です。



そもそも、それこそCMではありませんが、やる気のスイッチが入る言葉や体験は個々によりけり、千差万別です。

名言や言葉、本や自己啓発そのものを否定は致しません。

否定はしませんが、一般化されたり商業用に編集されたり薄められたそれらの言葉や本を読み漁っても、カンフル剤的な効果しか無いのも致し方ないと私には思えます。

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無理にやる気を出す方法を実践して走り続けるのは危険

中には「眠いからやる気が出ないという時に目を覚ます方法」「うつでやる気が出ないにやる気が出る言葉」を、一所懸命に探す人もいらっしゃいます。

総じて生真面目な人が、そのような事をしていそうな気がしますがね。



こういうのは、実体験からも「無理にやる気を出す方法でしかない」と考えております。

だいたい、眠い時やうつうつとした身心の状態で無理矢理やる気を出す方法を実践する事は、身心共に無理が生じますから、危険です。

「眠いなら寝る」「うつ病でやる気が出ないなら何もしない」これが自然な対応です。



私自信、やる気が出る言葉を毎日紙に書いたり、目標を毎日紙に書くなど、教科書的なモチベーションの上げ方を実践しましたが、行き着いた先は倒れて心療内科に行く事になった、という体験があります。

私がうつ病と診断されるに到ったのは、それだけが原因ではありませんが、これらも要因の一つです。

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どうしても仕事や勉強のやる気を出す必要があるなら・・・

そうは言っても、現代社会ではどうしても仕事は休めないし、勉強もしなければならない時期というのは往々にしてあります。



もちろん、運送業などで車の運転をしている人の場合、眠い時に無理にやる気を出して運転すると事故に繋がりますから、きっちり仮眠を取るなりする事が前提です。

うつ病の人は、無理にやる気を出す方法を実践せずに、身心共にしっかり休む事が大切です。



その上で、どうしても仕事や勉強をしなければならない、でもやる気がしないという時の対処方なり、やる気を出す方法として、仏教・禅の知恵をお借り致しましょう。

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禅的やる気を出す方法:「調身・調息・調心」身体を先に調える、動かす

仏教は、精神統一や瞑想など、心を調えるというイメージを強く持っている人もいらっしゃるでしょうが、実は身体性をおろそかにはしておりません。

特に禅仏教は実践を重んじており「一掃除二信心」という言葉も、以前紹介した事がある通りです。

「やる気を出す方法」という事について論じるならば、やる気が出る事を待つのではなく、先に身体の方を調えて、呼吸を調えていくという事です。



この概念は「調身・調息・調心」という言葉で表されており、順番も重要です。

:調身・身体を調える
:調息・息、呼吸を調える
:調心・心を調える



例えば、勉強をしないといけないのに、やる気が起きない場合は、やる気が出るまで待つのではなく、お笑いっぽくても良いですから実況中継しながら勉強する身体を調えていきます。

「机に向かます、向かいます、座ります、座っています、座っています・・・。」
「(ペンを)持っています、持っています、書いています、書いています・・・。」
「(教科書を)読みます、読みます、読みます・・・。」
このような感じです。



仕事のやる気が起きない時も、この要領でまずは「調身」、そして「調息」で呼吸も調えて実際に仕事を実況中継しながら始めて行きます。

身体と呼吸が整えば、自然と心も調ってきますし、いつの間にか「仕事三昧」「勉強三昧」の状態になっている事もあります。

ウォーキングのつもりで散歩をしたら、いつの間にか遠くまで行っていたり、長い時間歩いて居たという経験があるならば、まさにその状態を仕事や勉強という場面で創り出すと言う事です。



「仕事や勉強のやる気が起きない!」という場合は、やる気が出るまで待ったり、心が整うまで待つではなく、身体から調えるというように、順序を変えてみては如何でしょうか。
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やる気を出す方法と言いますが、そもそもやる気を取り出せますか?

最後に、禅の逸話を「やる気を出す方法」の分野にて変化させた話を一つ紹介致します。



禅語の本にはしばしば紹介されています
:達磨安心(だるまあんじん)
という話があります。



達磨禅師のところに、不安で仕方ないという修行僧がやってきて、それを聞いた達磨禅師が「不安を私の目の前に出してみなさい。」と、修行僧に言います。

修行僧は「探してみましたが見つかりません。」と応え、それを聞いた達磨大師は「さあ、今、確かにあなたの不安を取り除き、安心させましたよ。」と仰いました。



この話や「達磨安心」という禅語については、
:不安は目に見えないもので、自分が勝手に創り出しているものである
と、不安の正体を教えて下さる禅語という解釈や説明がなされています。



これを踏まえて、では「やる気」ってどこにあるのでしょう?



「やる気が出ない」とか「やる気を出す方法」とかよく言いますけれども、そもそも「やる気」を取り出したり観たり出来るものでしょうかね。

もちろん、屁理屈や方便と言われればそれまでですが、私は「やる気」とは、曖昧で不確かな概念でしかないと思うております。

そんな曖昧な概念に踊らされたり囚われる必要は無いでしょうし、あるかどうかわからないものが発生する事を待つのも、なんだかなあ・・・という感じがします。



だったら、身体と呼吸を調えて手を動かしたり実際に動いてしまった方が、「やる気」や「モチベーションアップがどうのこうの」に囚われていた心も解放されて、精神衛生上も良い方向に行くと思います。



仏教、禅の知恵「調身・調息・調心」を意識して生きる事で、自己啓発の言葉や本、セミナーなどにお金をかけることもなくなったとすれば、経済的でもありますから、試して見ては如何でしょう、と、無理強いはしませんが提案だけさせて頂きます。



合掌

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