うつ病でやる気が出ないときの過ごし方

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

前回は、やる気が出ないときの事について「やる気のそもそも論」をお伝え致しました。
0a20bd2468392acae67935413a23ce63_s やる気を出さないと、なんだか自分は怠けているような感じがして、罪悪感すら覚える人もいらっしゃいます。

と、言いますか、かつての私がそうでした。



往々にして、そのような考え方や思考を持つ人は、生真面目で「頑張る人」という印象さえあります。

でも、やる気が出ないときでも無理矢理やる気や馬力を出してがんばり続ければ、いつしか壊れてしまう危険もはらんでいます。

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実際に私もそれが要因の一つだったのでしょう、倒れてからだが動かなくなり、心療内科でうつ病やその他の症状を診断されるに至ります。

今では、だからこそ、やる気に頼ったりやる気信仰を盲信する危険性と、うつ病でやる気が出ないときの過ごし方も実体験として備えることが出来るようになりました。

うつ病でやる気の出ないときの過ごし方について

うつ病でやる気が出ないときについて、結論から申し上げましょう。



うつ病(欝病)・鬱状態でのやる気の出ないときの過ごし方は、
:無理にやる気を起こす必要はない
:やる気が出ないときはやる気の出ないままで過ごす
これだけです。

特に、身も心も苦しいのに、無理矢理やる気を出して頑張りすぎた結果、うつ病と診断されるに至った人には、覚えて置いて欲しい過ごし方や対処法です。



そもそもとして、生真面目で頑張りすぎた人は、やる気が出ないときの自分に自己嫌悪して、自分を叱咤激励して奮い立たせて、更に無理矢理動いてきた結果、うつ病と診断されるという経緯があります。

私は「頑張る=我を張る」という自分都合を疎かした上での自分都合の煩悩だと思うておるのですがね。



うつ病というのは、身心の休養・養生が必要な状態です。

頑張りすぎた結果、うつ病になったという事は、ある種「もうがんばりなさんな、一旦休みなさいな。」というサインとも受け取れます。

にも関わらず、「頑張らないといけない、怠けてはいけない」という先入観から「甘えてはいけない、もっと頑張らないと」と、無理矢理やる気を引き出そうとします。

その結果、休むべき時に休まずに、どんどんと悪化してしまいます。



私の場合は、最初は不眠状態なり日中に強烈に眠気が襲ってきたりと、睡眠障害から始まりました。

でも、そのサインを私は無視して「もっともっと頑張らないと、踏ん張らないと」と、無理矢理やる気を出すような事をして、最終的に倒れるに至りました。



「頑張る」事は全てが全て悪とはいいませんが、サインは見逃してはなりませんし、現在うつ病の療養中の人は、頑張ってやる気を出す必要はありません。

「うつ病で休養中・療養中の時は、やる気が出ないのは当たり前、やる気が出ないままで過ごすべし」
これが、うつ病でやる気が出ないときの過ごし方であり、有効な対処法です。

うつ病でやる気が出ないのは身を守るためのブレーキであり安全装置

うつ病でやる気が出ないときは、生真面目で頑張りすぎていた人だと、
「やる気が出ない今の自分は怠けている・・・」
と、かつての私もそうだったように、自分を責めたり自己嫌悪の状態にはまりがちです。

医師やカウンセラーから「とにかく今は休みなさい」と言われても、頑張ろうとしてしまうのは、私も経験して知っているという事もあり、往々にしてあると言える事です。



私はうつ病療養中に、仏教・仏法の出会いや色々な人の出会いと救いのお陰様で
:うつ病でやる気が出ない状態は、身を守るために働いている心の安全装置
という考え方を持つようになりました。

うつ病の状態が酷い時、身も心も重くて動けないという状態そのものが、実は無理に活動させないための安全装置やブレーキである、ということです。

私は双極性障害ではなく、只管陰鬱とするタイプのうつ病でしたが、双極性の症状を持つ人の鬱状態の場合も、安全装置としての作用ではないかとも考えております。

もちろん、私は医師やカウンセラーではありませんから、医学的にそうだと断言は出来ません、考え方や心と身体の作用の話です。



例えば、腕を骨折したり脱臼しているとき、痛くて腕が上がらなくなります。

無理に腕を上げようとすると、回復が遅くなったり、骨が変な風にくっついたり、また脱臼してしまいます。

そうならないために「痛み・激痛」という形で、これ以上腕を上げさせないように身体が働きかけます。

それに対して「根性論だ!」とかいって、無理に腕を上げきったら、どうなるかは明白でしょう。



うつ病の時の「やる気が出ない」という状態も、実は症状は症状でも、
:悪化させず回復に必要な安全装置でありブレーキである
と考えられませんか?



私はそのような解釈をするようになってから、無理することなく、やる気が出ないときの過ごし方は、無理にやる気を出す方法を実践せずに静かに過ごす事にするようにしました。

そのお陰様も一つの要因だと思いますが、動けなくなる日や時も徐々に少なくなってきて、こうしてお堂(ブログ)に法話を投稿する事が出来るまでに回復しております。

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うつ病でやる気が出ないときに効く仏法:在る時は「あるがまま」に、無い時は「無いがまま」に

このような考え方で、うつ病でやる気が出ないときの過ごし方を確立するようになったのは、仏教・仏法との出会いがあります。

私が、禅仏教と出会い、座禅会などに顔を出すきっかけとなった禅語に
:喫茶去(きっさこ)
があります。

「まあ、お茶でも飲みなされ。」という意味の禅語です。



今回の話を用いるなら、
「今、もうやる気が出ないんです、どうすれば良いでしょうか?」
「まあ、お茶でも飲みなされ。」
と、とりあえずお茶を飲む、という感じです。

無理矢理やる気を出す方法を探して実践したりせず、気張らず、ほっと一息お茶を飲む、ただお茶を飲む。

やる気が出ない自分に執着せずに一旦離れて、ただ一心にお茶を飲むのです。

そうすることで、自己嫌悪している自分からも離れる事が出来ます。

私はこの事に、随分救われたものです。



その他、うつ病でやる気が出ないときの過ごし方の考え方を紹介致しますと、
:あるがまま、ないがまま
というのがあります。

この考え方のヒントを下さったのが、禅僧で作家の玄侑宗久さんの本
:ないがままで生きる
です。


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「あるがまま」というのはよく見聞きする話であり言葉ですが「ないがまま」というのは、新鮮だったり斬新だと思われる人も多いと思われます。

「ありのままの自分」とかよく言いますが、あるものだけではなく「無」という概念も大切にする仏教ならではの視点にも、私は感じられます。

己を捨てて捨てて、捨てたと思ったその思いさえも捨て去る「放下着(ほうげじゃく)」という禅語がある世界らしい言葉ですね。



今回の話ですと、「やる気が出ない」ときは
:やる気が出ないまま、やる気がないままで、その時を過ごす
ということです。

やる気が出ないときは、無理にやる気を出したり見つけたりせずに「やる気がないがまま」で過ごせば良い、それが寛解へ繋がって行くと、私が体験から提案出来る事です。



もちろん、あなたは私ではありませんし、私のような在家仏教者とは限りませんから、この在り方が絶対的に有効で正しいと言って、押しつけるようなことは致しません。

ただ、このような考え方で、無理せず回復・寛解に向かう道もあるという道しるべになる事が出来ますれば、幸いに御座います。



尚、今回の話は、前回の話とセットで学んで頂く事で、より理解が深まり、日々の生活に役立てて頂けるかと存じます。

参照:「やる気が出ないときに考えること」



うつ病や鬱状態・鬱気味であるのにやる気を出さなくてはならない、という強迫観念や、やる気という概念に縛られない智慧として頂けましたら、嬉しく思う今日この頃に御座います。



合掌

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