やる気が出ないとき|やる気に拘り囚われる現代人

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、やる気が出ない時ってありませんか?
166103 最近は、やる気=モチベーションという言葉と概念の認識が為されており、「やる気が出ない=モチベーションが上がらない」と言われる事が多々あります。

「モチベーションとは何か」という表題で、以前に言葉の話はしておりますから、復習して頂ければ幸いです。



「モチベーションが上がらない」という言葉は大体が「仕事をやる気が出ない」「勉強のやる気が起きない」など、そんな感じで使われる言葉ですね。

本屋には「やる気を出す方法」「あなたのやる気スイッチをONにする方法」「モチベーションを上げる方法」などの表題で本も並んでおります。

CMでもやる気スイッチがどうのこうのというのがありますが、そもそも私は、やる気が出ないことについて、その前に考える事があると思うております。

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やる気が出ない時にやる気を出す方法の復習

「彼は仕事のやる気、モチベーションが凄いなあ。」
「いつもきちんと勉強している、あの人の勉強へのやる気は見習いたい。」

このように、他者と自分のやる気を比較して羨んだり一喜一憂する事って、あなたにもありませんか?



確かに、やる気に満ちあふれた人って、時々見かけます。

最も、積極的過ぎてうざったいと思う人も中にはおりますが。

まるで、一生涯において、やる気が出ない時なんてなさそうな感じもする人って、確かにいます。

「あのやる気が欲しい!自分もモチベーションを上げたい!」「やる気が出ない時にやる気を出す方法が知りたい!」と、思うのもわからんでもありません。



そういう人には、「仕事や勉強のやる気を出す方法」という表題にて、禅的やる気を出す方法を紹介しております。

参照:「仕事や勉強のやる気を出す方法」



軽く復習しておきますと、禅では何か行動を起こす、何かを為すときに、いちいちやる気に頼りません。

やる気が出ないからと言って、やる気が出るまで待ちぼうけ、なんてことは致しませんし、そんな事をしていると何事も進みませんからね。

「やる気が出るまで修行をしない」「今はやる気が出ないから修行中止」なんて事を言い出したら、恐らく破門か「喝!」が待っているでしょう。



禅の智慧や仏教の智慧「調身・調息・調心」というのがあります。

身体を呼吸を調えている内に、心も調い、結果としてやる気も出てくる、と言う流れです。



「四の五の言わずにさっさとやる」これが、実は一番やる気が出ないときに効力を発揮するやる気を出す方法です。



そして、その禅的生活を続けることで、今度はやる気云々関係なく勝手に動ける「習慣化」にまで行き着きます。

現在の私はというと、毎日の勤行は、確かに意識的には行っておりますが、やる気がどうのこうのでやっておりません。

意識をしながらきちんと偈や御経を読んだりはしておりますが、習慣化しているのは確かです。

いちいち「さあ、御経を読むぞ!」と、やる気まんまんで勤行をしているわけではありません。



このように、理想としてはやる気が出ない時でも淡々とこなせるレベルになるのが望ましいですね。
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やる気が出ないときに考えたい「やる気」の実態

やる気が出ない時が多くて悩んでいる、もしくは、常にやる気が出ない・・・という悩み。



私の場合は、うつ病はまだ完治・寛解が完全では無く、鬱状態が酷い場合には全然動けない事もあります。(今でもありますよ、そういう日やそういう時。)

周囲から観れば「あいつ、やる気がないなあ。」なんて指さされるような状態でしょう。

以前の私、仏教・仏法と出会う前の私は、そんな己に自己嫌悪を抱いていたものです。



さて、ここからが仏教的な話になっていきます。

仏教では「そもそも論」と言えるような、問い方や考え方をします。



例えば「自分に自信がないんですよ。」と言う悩みに対しては「そもそも「自分」とは何であるか?」と、問いを発します。

「自分に自信が無い。」という人に「もっと自信を持って、私はあなたを信じている!」という、無責任な自己啓発喚起をしたりは致しません。

いますよね、そういう人、無責任に「私はあなたを信じます!」とか言う人って。

特に自己啓発セミナーやマインドセット論をドヤ顔で説く似非コンサルタントとかに、よく見られる現象です。

大概、こちらの事は信じておらず、お金を巻き上げるための美辞麗句でしかありません。

仏教の十の戒めには言葉に関する事が4つありますが、このような輩はその全ての戒を破っています。



詐欺師さんはさておき。



あなたに問いますが、そもそも「やる気」ってなんでしょう?



やる気って実態はありませんし、取り出せって言われても、取り出せるものではありません。

そりゃ「人参ぶらさげた馬」という表現のように、何か事を成すために得られる報酬というのはあるでしょう。

それを「動機付け=モチベーション」と言うのですが、やる気という実態ではありません。

ここまで言えば、勘の良い人はおわかりかと思います。



現代人は「やる気」を大切にしすぎで、「やる気」という実態の無い概念を求めすぎです。



凄く乱暴な言い方をすると、そんな実態の無い、よくわからない「やる気」という概念に振り回されて生きたり悩んだり翻弄されるのって、ばかばかしいと思える事もありませんか?
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やる気が出ないときに、実態のない「やる気」に縛られない事

もちろん、やる気がみなぎっている状態は、事を成すために凄く助けになります。

今、現在の段階でやる気を出す方法を独自に持っていらっしゃるならば、それを大切にして欲しい、と私は一方で思うております。

もしも「私のこのやる気が出る方法は、この人にも相性が良い」とわかれば、伝授されるのも良いでしょう。



その一方で、「自分はやる気が出ない時が多くて・・・」という人は、決して自分を卑下したり自己嫌悪に陥る事はありません。

やる気が出ないときがあるのは、あなたが悪いわけではありません、時節・タイミングや環境など、色々な要素があるわけですから。



達磨大師に正宗普覚大師(慧可さん)が「不安」を取り出して達磨大師に見せられなかったように「やる気」も取り出して実体化して、見せることは出来ません。

実態の無い概念に翻弄される事はなく、やる気が出ないときはやる気が出ないままに、淡々と過ごせばよいのです。



もしも「なんか今、やる気が出ないなあ。」という場合には
「今、自分はやる気が出ない状態なんだ、ふーん、さて、作業に取り掛かるか。」
と、軽く受け止め、そして軽く受け流すくらいで、後は淡々と過ごしていく事です。

やる気に頼らず、やる気が出ないなら出ないなりに仕事や勉強を小さな事から手を付ければ、自然とやるべき事が終わっていたと言う事はしばしばあります。

私も何度も体験しております。



やる気を出すことは無駄ではありませんが、その事ばかりに執着するのは考えものです。

もしもこの先、あなたが「今日は何だからやる気が出ない」と言う時、この話を思い出されて、実態の無い「やる気」に振り回されない日常を送って頂ければ幸いです。



尚、関連する事柄として「モチベーション」についても、こちらに記載して御座います。

参照:「モチベーションとは何か?」



やる気の出ないとき、実態のない「モチベーション」や「やる気」という概念に、がんじがらめにならぬ一助となりましたら、嬉しく思います。



合掌

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