腕組みの心理と警戒するこじつけ的理由

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、人と話をしているときに、腕組みをする癖がある人でしょうか?
458730 昔、私が子供の頃に腕組みをしている人は「格好付け」なんて言われていたものです。

このような言われ方や感じ方をするのは、私の地域だけだったのでしょうか。



格好付けはともかくとして、腕組みしている人に対しては、私はどうしても「偉そう」だとか「傲慢な格好」という見方をする傾向にあります。

これは私の煩悩なり偏見だとは思いますし、正見(しょうけん・先入観無く正しく物事を直観すること)」が出来ていないのだろうと反省しているわけではありますが。

「正見」が出来なければ正思惟(しょうしゆい:偏見無く正しく物事を見定め考えること)」も出来ず、偏見だらけになってしまうから、戒めるところであります。



それはさておき、最近は腕組みをする人についての心理学なんてのもありますね。

腕組みをする時、左腕が下の人は左脳タイプだとか、右腕が下の人は右脳タイプだとか、左脳と右脳の脳科学本などと相性が良い話です。

腕組みの心理を少しだけおさらい

腕組みの心理について、「何故人は腕組みをするのか」という事は、今では有名な話になっている気がします。

上で話した「左脳タイプ」「右脳タイプ」もそうですね。



ここで一つ、腕組みと心理について、簡単におさらいしてまとめておきましょう。



腕組みポーズを取る人の心理として有名なのが
:防衛、相手を警戒している、拒絶している
:相手より自分が上だと威嚇している
というものがあります。

どちらにしても、あまり良い印象ではありません。

もしかしたら、私が腕組みをしている人を警戒しているのは、そのような事を、あの腕組みポーズから直観的に感じ取っているからかも知れません。



また、腕の組み方や指の組み方によっては、性格や心理もわかるという話もありますね。

手を組んで、どちらが上かで前世が男性か女性かがわかるとか、なんかそんな都市伝説もありましたが、それと似ていると私は頂いております。



もっとも、私はこれらの腕組み心理って、占いや都市伝説の類いも含まれている気がして、いまいち全部鵜呑みには出来かねております。



そもそも、腕組みから心理を読み解けるかどうかはなはだ疑問です。

また、そのような腕組み心理学を素人が鵜呑みにしてしまったら、「正見」「正思惟」が出来なくなり、目の前の相手に対して偏見を助長してしまわないか、と思うところもあります。



ゆえに、腕組み心理は知識としては持っておりますが、それを軸として人をはかったりする事はしないように心がけております。

まあ、それでもやっぱり「腕組みポーズの人は偉そうで傲慢に見える」という偏見は、居座っておるのですがね、修行が足らん、修行が、足りない。
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腕組みポーズが似合う人達「スポーツ選手」

なんだか私は、腕組みについて否定的な見方をしている伝え方をしておりますが、腕組みを悪者扱いしたり、腕組み心理を根っこから消し去りたいわけではありません。



例えば、腕組みポーズって筋骨隆々の逞しいスポーツ選手がやると様になっていますし、格好良いという見方もしております。

スポーツの世界では、や試合のポスターでラガーマンやボクサーが腕組みをされている場面を観ると、これは「勝つぞ!」という表現に見えたり、闘争心の強さも一方で感じます。

セレス小林さんのように、笑顔でボクシングの世界チャンピオンベルトを肩に掛けているポスターもありましたけれども、ボクサーは基本的にファイティングポーズか、腕組みして力強いポーズをされているポスターをよく見かけます。



スポーツの世界においては、腕組みのポーズは似合っているし、威圧したり威嚇する姿は己への鼓舞にも繋がる要素であります。



また、これはこじつけかもしれませんが、もしも腕組みの心理として有名な「相手を警戒、防衛」という意味があるならば、ボクサーが腕組みをしているのも理に適っている気がします。

対戦相手を警戒して練習するのが、対戦相手がいる種目のスポーツ選手の日常なわけですし。

何よりタイトル保持者でしたら、ベルトを防衛するから、腕組みの心理である「防衛」という共通点もあります。
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ベルトと共に腕組みをしている場合「このベルトは誰にも渡さない!」という、強い気持ちの表れという見方も出来ます。

腕組みポーズの人を私が警戒するこじつけ的理由と警戒すべき腕組みさん達

私が、基本的に腕組みをしている人は傲慢だったり偉そうだという心理を感じ取っているという理由以外にも、腕組みをしている人を警戒している理由は他にもあります。



それは、
:手の内を隠している
という格好にも観えるからです。



これはどういうことかと申しますと、例えば、腕組みをしている人を正面から見たとしてましょう。

その時、左腕が下で、左手は右の二の腕を掴むポーズだったとします。

この時、右腕は左腕の上に来ますが、右手は右腕の下に隠れて、見えない状態です。
364100 絵にすると、こんな感じです。



この時、右手は何を持っているか分かりません。



右手にコチラを傷つける危険物があっても、こちら側からは分かりづらいし、小さな物でしたら全く見えません。

これが「手の内を隠している」と観える理由です。



それで、ここからはかなりのこじつけですが、これをやってしまっている人って、特にインターネット上で見受けられます。

典型的なのが、自己啓発系の詐欺師やネットビジネス系の詐欺亡者達です。

「あなたを救いたい!」「稼げる方法を包み隠さず一般公開します!」とかなんとかいって、腕組みしているあの連中です。

人を救う気も能力も一般公開する気もないのに口先だけはいっちょ前の、あの連中です。



腕組み心理の理論が事実なら、これって矛盾している態度でありポーズです。



相手を拒絶するポーズでいながら金だけは取ろうと言うのが実に意地汚いし、いやらしい。

その上、金を取っておきながら「非公開です」とか自分の手の内は全部ださないとか、詐欺でしょうに。

こじつけるなら、拒絶して手の内も隠している腕組みポーズなんですから、金銭を受け取るどころか、要求する資格すらありません。

そもそも拒絶のポーズをしているのですから、わざわざ相手をしてやる事もありません。



このように、偉そうに腕組みポーズをしているなんちゃらビジネス系の輩を、私は警戒しています。

こういう輩には十分に警戒して相手をしない事で、あなたの大切な財産を守る事が出来ます。





これ以上は角が立つから、この辺にしておくとしましょう。
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腕組みよりスマートで美しい所作を我々はすでに知っている

腕組みポーズについて、私は良い印象を持っていないために、さんざんなことを言っておりますが、腕組みポーズそのものを否定は致しません。

考える時についついやってしまうこともあるでしょうし、肉体の構造上、腕組みしやすい身体ってこともあるでしょう。

ただ、私のように腕組みポーズを偉そうとか傲慢な態度や心理の現れという見方をする人も、中にはいらっしゃると思います。

特に、仕事で取引先や目上と呼ばれる人の前では、腕組みポーズは避けた方が無難です。

「なんだ、腕組みをして偉そうにして。」と思われたら、仕事での人間関係にもひびが入りかねませんからね。



では、腕組みポーズが癖になっていて治したい、腕組みポーズをやめたいと思っている人には、どのような治し方があるでしょうか。



その智慧として、仏教徒である私がお伝え出来るのは、
:合掌(がっしょう)
です。
お坊さん 黒 食事の前、あるいは法事や仏壇の前で「合掌」をしたことの無い人は、かなり少ないのでは無いでしょうか。

もちろん、各々の宗教があるから、全ての人が合掌をしたことがあるとは言い切れませんが、合掌そのものを知らない人はいないのではないか、と思われます。



私は、この合掌の姿って、私が仏教徒として自覚的に生きる前から、美しい姿であるという印象を持っておりました。

現在の私は仏教徒の自覚があることもあり、合掌しない日はありませんし、日常的に合掌をさせて頂く機会は増えております。

そして、仏教徒でなくても、所作の癖としては腕組みよりも合掌の方が望ましい、そのように思うております。



合掌は、見た目や姿形もなんだか穏やかに感じますし、合理性もあります。



どのような合理性かと言いますと、腕組みの時は手の内を隠すようにも見えるポーズですが、合掌は両手を前にして、何も持っていない事をその姿で伝えられます。

「あなたにとって危険な物は、何も持っていませんよ。」という事を、その姿ですでに表しているのです。
(カバンや数珠に武具が、なんて屁理屈はここではご勘弁、映画の話をしているんじゃないんだから。)

あなたは、腕組みをして近づいてくる人と、合掌をして近づいてくる人と、どちらを物理的に警戒されますか?



私は、合掌は人と穏やかに出会う時には理に適った姿であり、腕組みよりも望ましい姿である、そのように頂いております。

まあ、これも私の偏見と言えば偏見ですが、あなたはどう思われるでしょうか。



合掌

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