投機とは|元の意味を禅仏教に学ぶ

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、投機とはどういう意味か、ご存じでしょうか。
442011 投機とは、現在は経済や金融関連の用語であったり、お金が絡む言葉として捉えられていることかと存じます。

私も、仏教徒再会する以前、経営学や経済を学んでいた時代には、投機とはお金の絡む意味としか捉えておりませんでした。

投機とは、実は仏教用語、禅語に由来致します。

いつの間にか、お金絡みの意味にさすらった、この「投機」という言葉の意味を、改めて読み直し、仏教的な学びとしたいと思います。

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投機とは何か、その意味を仏教・禅に学ぶ

投機とは何か、そう意味を聞かれたときに、現代社会においては、経済なり金融の事と絡めた説明がなされる言葉と概念でありましょう。



投機とは、冒頭でお伝え致しました通り、仏教用語、禅語であります。

仏教用語や禅語としての投機とは、
:心機投合、師弟の心機(こころの動きや在り方)が投合する
という意味や解釈が御座います。



また、「機に投ず」という読み方や解釈もなされており、「修行者が真理の世界に入らんとして、道と合わさる・合一するという体験」という意味や解釈も御座います。



このことについては、禅僧であられる玄侑宗久さんが「日本的」という本で、詳しく伝えて下さっています。

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仏教が説く「機」とは「心」「心の働き」という事であり、また素質や能力の事でもあります。

「機に投ず=投機」とは、つまり「道と一体化、心と一体化」という事であり、心に身を投じる、心と体の輪郭も解けて一体化する、ということでもあります。

玄侑宗久さんの本では、もっとわかりやすく「身体一つに戻る勇気のこと」と表現されていました。



心だけでは無く、身体性だけでは無く、輪郭が融和して概念がなくなる状態の事として、私は味わい頂いております。
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投機とは、現代は私欲に繋がる意味にさすらった

仏教用語として、禅語としての投機とは、概念もなくなる世界、私という輪郭が解けていく、という頂き方をしております。

仏教用語・禅語の投機とは、現代社会で使われている投機の意味とは、全く違っていることがよくわかるかと存じます。



それが、一体どういうさすらい方をしたのか、現代社会では、まさにお金という概念とくっついて、私利私欲であったり、我利の欲得を表す言葉にまで変化していったものであります。

マネーゲームの一種であるとも認識している人もいらっしゃる通り、仏教が説く「投機」から、随分とさすらったものです。

最早、原形を留めていない程にさすらった仏教用語・禅語の一例と言えましょう。



仏教、とりわけ禅の世界においては、人間か勝手に創り出す概念への囚われや、概念への執着から離れる事を説きます。

一切の概念を捨てる事、「放下著(ほうげじゃく)」という禅語も御座います。

それが、概念の最もたるとも言える、お金・金銭と結びつき、我利の煩悩や私欲を示すまでに「投機」という言葉と概念が流転したのは、なんとも不可思議だと感じるところであります。
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自己投資という名の投機

昨今よく見聞きする言葉で、特にインターネットビジネスとか自己啓発系ビジネス、詐欺師や似非コンサルタントの類いがよく使う言葉に「自己投資」が御座います。



自己投資自体は、まあ、いわんとしている事は分からんでもありませんし、それはそれで有用性も御座いましょう。

ただ、この「自己投資」という言葉を使って、あなたから巧みに金銭をかすめ取ろうという輩がいる事にも、注意しなければなりません。

現在の投機的資本主義とも言われる娑婆世界においては、あなたから財を奪い取ろうとする我利我利亡者の類いが、うようよおりますがゆえに。



よく、なんちゃらビジネスやら詐欺コンサルタントは、セールスレターやメールマガジンで「これは自己投資です」と呼びかけてきます。

「このまま稼げないで良いのですか?それとも今、自己投資を決断しますか?」という、そんな謳い文句でこちらを煽ってきます。



このような有財餓鬼や我利我利亡者がのたまう「自己投資」「浪費投機」と言い換えてもよいでしょう。



あなたの身になる投資ではなくて、単に自分達のお財布事情が潤う今年か考えておらず、実際にお金を出す側であるあなたにとっては、投機でしかありません。

投機した分の財を回収できるかどうかなんて、誰にも予測出来ない事は明白です。

詐欺師や我利我利亡者は、来るかどうかも分からない未来という概念と、自己投資という概念であなたを操作しているだけです。



そんな、来るかどうか分からない未来に対して投機するのは、私はばかばかしいと思いますが、如何で御座いましょうか。



自己投資をうたってお金を取ろうとする輩のいう「自己投資」は、「浪費投機」と読み替えるくらいで丁度良い塩梅です。

そう考えると、私は保険や株式投資も、投機的な感じが致します。
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投機の意味を仏教・禅の世界から改めて学びなおす意味

今、改めて「投機とは何か」を、仏教・禅の言葉として意味を学び直すという事は、自衛にも繋がります。

概念操作によって、あなたから財や人生の主導権を奪おうとする、自己啓発系詐欺やインターネットビジネス系詐欺の類いに、対処出来るようになる可能性が御座います。



そもそもとして、現代社会は特に概念に支配されがちな世の中です。

お金そのものもそうですし、ブランド品なども、概念操作によって物欲を煽り立てられ、財を奪われる典型的な概念で御座いましょう。



仏教・禅が説く投機とは、概念がなくなるという仏道修行の体験を意味する言葉であります。

上でお伝え致しました通り、「身体一つに戻る勇気」という解釈を頂ければ、概念ではなく身体という内なる自然、身体性を取り戻る事です。



投機の意味を、仏教用語・禅の言葉として学ぶ事は、現代社会で失われつつあるであろう身体性を取り戻す事、そこから自然との共生にも繋がる在り方を取り戻す事で御座います。



お金という概念と結びついた「投機」ではなく、今一度、仏教用語・禅の「投機」を学び直す意味や意義は、この辺りにあるのではないか、私はそのような味わいを頂いております。

ピコピコとパソコンの前で投機作業をするのではなく、身体性を取り戻す投機を、今一度考え直す事が大切ではなかろうか、私はそのように思います。
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投機とは、仏教用語・禅語としての意味を大切にしたい在り方である

現代社会、資本主義社会と呼ばれる現在の娑婆世界において、改めて投機とは何か、出来る事なら仏教用語・禅語としての意味も、改めて学び、そこから在り方を見つめ直したいものです。

投機とは、現在は金融関連の言葉としてしか知らない人も、多かったのではないかとお見受け致します。



人が生きていく上で、どうしても概念や、概念を解説するための言葉、その意味は大切であります。

しかし、現代社会においては、特にその概念が肥大化してしまい、概念・観念に支配されてしまっている人も、多いのではないかと存じます。

お金は、まさにその典型でありましょうし、お金と結びついた投機も、自己投資と言う隠れ蓑によって、都合良く詐欺師や我利我利亡者・有財餓鬼に使われてしまっているという事情も御座います。



仏法や禅の視点、仏教の眼から、投機とは何かを学び直す事は、それらの概念に改めて気づく智慧でもあります。



お金の概念性や、概念による虚構の世界を知見したり自覚する智慧は、概念に支配されぬ日暮らしの智慧です。

その自覚を持って「これは投機であるか、本当の自己研鑽のための財産の投与であるか」という問いを持つ事が、大切であると私は頂いております。



投機とは何か、今一度、仏教の視点・禅の視点からの意味を、在り方や生きる力に変換して頂けましたら、嬉しゅう御座います。



合掌

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