ストレス解消できない方法|私の失敗談

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、ストレス発散しようとしてストレス解消法を実践したけれども、逆効果だったという経験はありませんか?
166103 間違ったストレス発散の方法を実践し続けていると、ストレス解消できないどころか自己嫌悪に陥ったり、酷い場合には心療内科のお世話になる状況になることさえあります。



かくいう私も、自分のストレス過多の状態やうつ病になるサインを受け取れずに、倒れた経験があります。

今でこそ「あの時のあの状態は・・・」客観視して自己解析できるまでに回復しておりますが、酷い状態は本当に酷い状態でした。

現在も完全回復・寛解には至っていなくとも、ストレス解消や発散に逆効果であった事柄については、伝える事が出来るようにはなりました。

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これではストレス解消ができない!逆効果なストレス解消法の失敗談

ストレス解消法や、ストレス発散に効果的だと思われていることが実は逆効果だった、という話は、このお堂(ブログ)でもお伝えしております。



今回の話は、参照2の3番目にお伝え致しました「暴れる・八つ当たり」に該当する話です。



私はうつ病の時に特に酷かったのですが、突発的に暴れるように、壁や何かの物に八つ当たりするという現象がたびたびありました。

今も、その痕跡が残っていて、こうしてキーボードを叩いておりますが、そのキーボードを載せている机が割れてへっこんでいます。

机を作って下さった人達や運搬して下さった方々に対して、なんとも申し訳ない限りです。



また、家にあるものも色々と壊した事がありました。

私の場合は、根っこに小心者で根性なしである事が幸いしてか、人に八つ当たりすることはありませんでした。

ただ、壁や机などの物に対して八つ当たりする、暴れるという行為は、決して褒められたものではありません。

むしろ、酷い行為だと思うております。



それがわかるから、物を壊した手に痛みを感じ、我に返った時に、もの凄く自己嫌悪の念い苛まれたものです。

物に八つ当たりした後、激しく自己嫌悪に陥るのですから、ストレス解消できないのは当然ですね。

これでは、ストレス解消できないどころか、逆効果も甚だしい。



物を壊してしまったことに対する後悔の念も凄まじく、それが更にストレスとなる悪循環の中に居た経験は、今思い出しても「酷かったなあ・・・。」と、猛省しております。
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八つ当たりは「ご縁」を踏みにじる行為でストレス解消できないのは当然

今でこそ冷静に自己解析出来て、仏教・仏法を学んだ事による視点で、当時を振り返ることが出来ます。



私は朝晩に浄土宗の勤行を勤めさせて頂いており、その時に「懺悔偈(さんげげ)」を読ませて頂いております。

これは「我昔所造諸悪業~」と読んで行くのですが、要約すると
「私は悪業を昔から為してきました、それら全てを懺悔致します。」
という意味で、悪業の懺悔であり、悔い改める宣言でもあります。



懺悔偈を読ませて頂いたとき、今回お話し致しましたストレス解消の失敗談、物への八つ当たりをしていた事も思い起こされます。

そして、この「人や物への八つ当たり・暴れるという行為」は、仏教の視点からも悪業と言える行いである、私はそのように頂いております。
(頂いている=受け止めている、との解釈です。)



例えば、PC・パソコンを使う仕事をしていたとしましょう。

そして、何か気に入らないことがあったりして、マウスを壁や床にたたきつけると言う行為をしでかしてしまいました。

また、何が気に入らなかったのか、同僚がそのようなマウスの扱い方をしていたことを目撃したとします。



このような行為を、あなたはどう思われますか?

私は、そのような行為は物を粗末に扱う行為であり、仏教の視点から観ても酷い行為だと感じます。



そもそもとして、PCを使って仕事をする人が、マウスを叩きつけて壊すなど、粗末に扱うなんて、プロフェッショナル失格です。

昔、野球の試合で空振り三振した後に、バットを膝でへし折る人が何人かいましたが、今の私から観たら言語道断の行為です。

観客を沸かせるパフォーマンスだったのかもしれませんが、道具を大切にしないでプロを名乗るのは如何なものか、というのが私の見方です。

野球選手に憧れている子供も大勢観ている事にきちんと意識があるならば、道具を粗末に扱わず大切にする姿を見せましょうよって思います。



考えて観て欲しいのは、そのたたき壊されたマウス一つに、どれだけの人が、言い換えればどれだけの人の命が関わっているか、ということです。



これは、大げさな話ではありません。

マウス一つとってみても、マウスの外装を取り付けた人、色を塗った人、中にある電池を作った人、ネジを取り付けた人、ネジを作った人等々、多くの人の手がかかっております。

そして、そのマウスを運んでくれた人も関わって、そうして今そこにマウスが存在できたのです。

それを粗末に扱ったり、ストレスが溜まったからと言ってストレス発散の如く八つ当たりして投げつける行為は、関わって下さった人々のご縁を投げ捨てて壊し踏みにじる行為です。

少なくとも、私はそのように解釈しております。

ゆえに、私がうつ病だったとしても、当時やらかしてしまった物への八つ当たり行為を顧みて猛省しているのです。



そのような反省があり、今は、仏教・禅の教え「物を大切に扱う」「両手で丁寧に物を上げ下ろしする」等を実践させて頂いている身です。

「物品に宿るご縁」を意識すれば、私もやらかしてしまった「物への八つ当たり行為」は、激減、もしくは全くしなくなるのではないか、実体験からそのように思うております。

また、良心なり罪悪感という概念をしっかり持っている人であるなら、八つ当たりしたり物を壊してもストレス解消できないという事は、自ずと理解出来るはずです。



そういえば「物に宿りしご縁を感じる」という感性って「付喪神(つくもがみ)」という概念が一役買っていたのかも知れない、そんな事を思いました。

付喪神はフィクションではありますが、付喪神という概念や考え方って、現代社会には必要なことかもしれませんね。

特に大量生産大量消費社会で、物が粗末に扱われやすい現代日本においては。

そう考えると「つぐもも」も、仏教的な教えのある漫画と言えるかもしれません。
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自己嫌悪から自己改革してストレス解消の方法を身につける

八つ当たり行為が、ストレス解消できないどころか逆効果であり、自己嫌悪から更なるストレス蓄積となります。

もしかしたら、あなたも過去にやってしまった事を思い出し
「うわー、酷い事をしたものだなあ・・・。」
と、猛省したり自己嫌悪の真っ最中かも知れません。



ただ、私はその気持ちなり心の動きは、それはそれで大切にすべきだと思うております。

自己嫌悪や反省がいきすぎると、確かに具合が悪いのですが、そこから上手く「自己改革」へ持って行くことが出来れば、己の進化成長に繋がります。

私もそこから立ち直って、禅の智慧や仏教的な生活を取り入れて、物を大切にするような生き方を実践するに至るという経験がありますから、体感的に理解しております。



そうして、物に八つ当たりして壊してしまう事がなくなれば、これすなわちそのままストレス解消の方法を実践していることになります。

だって、自己嫌悪の要因である、八つ当たり行為がなくなるわけですから。

禅的な表現をすれば「八つ当たり無し即ストレス解消法」と言ったところでしょうか。
(全然禅的じゃあありませんね、長すぎますし。)



今回お話し致しました、私の失敗談と、そこから反省して実践するようになった「八つ当たりしない、物を大切に扱う丁寧な生き方」が、あなたの参考になれば幸いです。



尚、今回の話と関連する事柄は、こちらでも記して御座います。

参照1:「ストレス解消法を仏教の智慧に学ぶ|2つの方法編 」

参照2:「ストレス解消どころか逆効果な3つのストレス発散方法」



あなたのストレス解消に、効果的な一助となることが出来たというのであれば、私としても嬉しく思うところであります。

合掌

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