心霊動画を仏教視点で観る

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

夏と言えば肝試しや怪談という事で、夏の特集として、「怖い心霊動画」や「心霊映像スペシャル」という特集が組まれる時期ですね。
485187 何やら京都も、心霊スポットなるものがあり、京都の心霊スポットランキングなど、テレビ番組で特集が組まれてもおかしくなさそうな雰囲気があります。



最近では、インターネット動画の市場が拡大しているために、心霊動画や心霊映像ビジネスも拡大気味であるそうです。

新聞を読んでみると、「マツコのしらない世界」という番組でも、山口敏太郎さんをゲストに招いて「心霊ビジネス」や「心霊動画」について解説されるそうですからね。

すでに第三弾まで「心霊映像ビジネス」なる特集が組まれているというのですから、人気があることが窺えます。



私も、昔はオカルト的な話が好きで、呪いの類いは勉強したものですから、そのような心理は体感的にわからんでもありません。

そして、現在は仏教徒であり、念仏者であり仏教者・宗教者ということもありますから、「真観も心霊動画とか楽しむんだろうな。」なんて思われるかも知れません。



しかし、これから話す事は、身も蓋もなく夢の無い話だと思われますから、あなたの「心霊動画」や「心霊映像ビジネス」の楽しみを壊してしまうかも知れませんので、ご注意をば。

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心霊動画などの心霊映像ビジネスは現代では簡単に作成可能

一昔前、まだ私が子供の頃や中学生の頃は、パソコンも一般家庭に普及している割合も低く、インターネットがこれほどまでに自由闊達に使えませんでした。

ゆえに、こういった「心霊ビジネス」は、夏にテレビの特集で「心霊写真」を見せまくる、というくらいしかなかった時代があったのです。



私は子供の頃、友人宅で見た心霊写真特集番組で、愛川欽也さんが心霊写真を紹介されていたことを、今でも覚えております。

そして子供心に、写真の取り損ないや、フィルムを巻く前にカメラを開けちゃったんだな、というような写真や、無理矢理心霊写真に仕立てようとするこじつけ的なコメントもあったものです。



だからか、どう見ても悪戯か取り損なった写真だろう、と言うのも、ある程度見分けられるようになっていたものです、今ではもうその力に自信はありませんがね。



その時代から時を経た現在は、心霊ものと言えば、心霊動画などの心霊映像・霊的映像が増えてきておるようです。

だからこそ、「心霊動画・心霊映像ビジネスの制作現場や裏側」なんて特集が「マツコのしらない世界」などで特集として組まれるのでしょう。



夢も希望も無い事を最初に言ってしまいますが、現在は心霊動画は素人でもわりかし簡単に作れる時代です。

心霊映像ビジネスも、一つの動画作品を手懸けるような、そんな感覚なのではないか、そのように私は感じております。

偶然映り込んだ幽霊の動画を見せるのでは無く、あくまでスタジオや事務所で制作した「心霊動画」というわけです。



これはこれで、一つの娯楽としてみるならば結構な事ですし、心霊映像ビジネスと言うからにはビジネス的要素が絡んで、経済も動いているのでしょう。

ただ、このような背景を見ているために、記号的な霊魂が実在して、心霊動画に映し出される霊の正体は、上手に加工された動画であるという見方を更に強めております。

それを思うと、心霊動画よりも心霊写真の方が、当時はまだ子供だったこともありますが、まだ信憑性を出せたような、そんな気が致します。



そもそもとして、ホラー映画の歴史を考えれば、自ずとみえる事もあると思うのですがね。

「エクソシスト」とか、日本のホラー映画でもそうですし、「世にも奇妙な物語」も、ある種の心霊動画なり心霊映像ビジネスだと思うていますし。

そこに「エンターテイメント性」が強いか「ガチ属性」を前面に出しているか、その違いでしかないと言うのが私の「心霊動画」なり「心霊映像ビジネス」の見解です。
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心霊動画などの心霊映像ビジネスを私はどう見るか

心霊動画や心霊映像ビジネスについて、結構冷ややかな事を申し上げてきましたが、別に全てを否定するわけではありません。

全てを否定していない、というのは、純粋に怖がって楽しむのは各々に由するところでありますから、そこを「やめろ」なんて言わない、という意味です。

個々に適切に楽しむ分には、私はこれも一つの娯楽だと思うております。



仏教徒・仏教者であり、宗教者とは、親和性が高いから肯定的かと考える人もいらっしゃることでありましょう。

ゆえに、なんだかオカルトとか心霊動画などの心霊ビジネスに対して、もっと肯定的だと思われていた人もいらっしゃるやもしれません。



でも、実は私、心霊動画などの心霊映像ビジネスの類いには結構冷ややかですし、仏教徒の自覚を持ってからは、更に冷ややかになりました。

と、申し上げますのも、そもそも仏教においては「迷信」や「占い、霊魂、心霊」など、非日常的な現象や出来事に執着・固執する事を戒めております。

もちろん、仏教の信仰者や念仏者によりけりですが、私は占いや迷信、そして霊魂の存在を押しつけるような類いは、真に受けないようにしております。



確かに仏教は、確かに土着信仰と混ざり合ったり、神仏習合という時代もありましたし、こういう心霊動画などの心霊現象を扱ったものとは、親和性があるのも理解出来ます。

しかし、仏教ではゴーダマブッダ(お釈迦様)の時代から、
「迷信や都市伝説、占いなどに惑わされてはいけませんよ。」
と説かれています。



そもそも仏教には、ゴーダマブッダが霊魂を否定したという話さえあるくらいです。



それに仏教における幽霊とは、今を生きておらず迷いまくっている人間を表現した言葉と概念であります。

そのような教義なり概念を仏教から学んでおるが故に、私は心霊動画や心霊写真などの心霊ビジネスに対して、一方で冷ややかな眼を持って接しておるのです。



ただ、言語化出来ないことや人間の脳では処理しきれない程の超常現象なり非日常的な現象があるのも世の中だと思うておりますから、完全否定もしておりません。

自分が感じられない、観る事が出来ないからと言って、それを全て否定してしまうのも、傲慢な在り方ですからね。

「心霊動画を真に受けないし信じ切らない、でも、こういうのもあるよねえ。」という、曖昧で宙ぶらりんな立ち位置が、現在の「心霊映像ビジネス」に対する私の立ち位置です。



山口敏太郎さんが、「マツコのしらない世界」で、どのような心霊動画解説をされるのかは分かりかねますが、「こういうのもあるんだ」くらいに留めて置く方が、無難な気が致します。
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心霊動画や心霊映像ビジネスとの付き合い方

なんだか、仏教が現実を観ようとする「直観」を説く教えであることもあり、心霊動画や心霊映像ビジネスに、冷や水を浴びせるような事を申し上げてきました。



エンターテイメント、娯楽の一つとして楽しむ分には、私は否定しませんから、楽しみたいという人は各々で楽しまれると結構だと思うております。

「マツコのしらない世界」において、山口敏太郎さんの解説とマツコデラックスさんの反応を楽しんで眺めるのも良いでしょう。

そこは、各々が各々の楽しみ方で、楽しんでみて下さればよろしいかと存じ上げます。



折角ですから、仏教から学んだ智慧を拝借して、心霊写真なり心霊映像の楽しみ方、心霊ビジネスとの付き合い方の一例を紹介して締めくくらせて頂きます。



尚、ここから先の話は、あくまで心霊現象や迷信、あるいは「霊感商法」に騙されない智慧にも使える、私独自の心霊動画の楽しみ方です。



あなたは、このような言葉をご存じでしょうか?



「化物の正体見たり枯尾花」



これは、横井也有(よこいやゆう)という江戸時代の俳人で国学者が残した俳句で、現在は「幽霊の正体見たり枯尾花」と変化した形で知られております。

以前読んだ禅の本で、「冷暖自知(れいだんじち)」という禅語を学んだとき、同時に学んだ言葉でもあります。



「冷暖自知(れいだんじち) 」とは、
:冷たいか暖かいかは、自分で確かめないと知る事が出来ない
という意味や解釈がなされる禅語です。

実際にそれがどのような物事なのかは、自分で調べて知ろうとしないとわからないものだ、という事を教えてくれる禅語であります。

この話を踏まえて、「心霊」という言葉に目を向けてみましょう。



「心霊」って、なぜ「心霊(しんれい)」と書くのでしょうか。

ちなみに、漢字変換したら分かりますが、「しんれい」は「神霊」とも書きます。



「心霊」って、元々は「精神」という意味であり、現在でいう「幽霊などが発現する超常現象」という意味ではありませんでした。

それがいつのまにか「幽霊が映っているであろう写真=心霊写真」等と呼ばれるようになったのです。

そして現在は「心霊動画」とか「心霊映像ビジネス」というわけですね。



そこで、先ほどの話「化物の正体見たり枯尾花」と絡めて考えて見ましょう。



「心霊現象」は、「心・精神の現象」という捉え方をすると、作り物である動画や、不可思議な写真なり心霊動画を、あたかも自分で勝手に本物の心霊動画として観ようと心・精神が働く、という見方や解釈もみえてきます。

そして、枯れ尾花でもバケモノなり幽霊と観てしまう、という現象を、自分が勝手に作り出している、という事がみえてきます。



心霊特集をテレビで見ようとする場合、すでに「これから心霊動画を見るぞ」と、心が勝手に準備している事が多いのでは無いでしょうか。

ゆえに、一つの心霊動画に対して、それらしいコメントや解説がつけば、本物の心霊動画であったり、本物の幽霊が映り込んでいると錯覚してしまいかねません。



そのような、自己なり自我が創り出した心霊動画の見方をつぶさに観察する、という心霊動画や心霊映像ビジネスとの付き合い方も、私は一つの接し方だと頂いております。



尚、関連する事柄として「心霊スポット」についても、こちらに記しております。

参照:「心霊スポットに思う事|京都」



そして、幽霊という言葉と概念については、こちらで一つの考え方や頂き方を提示しております。

参照:「幽霊はいるかいないかを仏教から観る」

参照2:「幽霊を見る方法を仏教視点から学ぶ」



「心霊動画を見ている自分は、枯れ尾花を幽霊として見ようとしていないか」と、自己観察する時間にするのも、私は乙なものだと感じますが、如何でしょうか。

まあ、夢も希望もあったもんではないし、娯楽を享受する楽しみ方とは思えない、と突っ込まれたら、返す言葉も御座いませんがね。



合掌

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