臨機応変の意味と使い方の例文|知らないと傲慢な人になりますよ

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

臨機応変(りんきおうへん)という言葉は、現代社会においては、良い意味と言いますか、良い方向性の語感を覚える言葉です。
302536 臨機応変に事に当たることが出来る人、と言われると、何となく嬉しさを感じる人も多いかと存じます。



この「臨機応変」という言葉自体は、仏教用語・仏教語であったという事を、お坊さんの本で知りました。

そして、この「臨機応変」は、まさに釈尊(お釈迦様)の対応力を現代的な表現にした言葉でも御座います。



臨機応変という言葉の使い方の例文も紹介しながら、意味を改めて味わう事と致します。

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臨機応変の意味

臨機応変の意味は、語源辞典には「臨機(りんき)」しかなく、応変を含めた語源までは遡ることは出来ませんでした。

ただ、応変は語源辞典を引かなくても、その言葉の成り立ちや意味は理解出来ましょう。



臨機応変の「臨機」の語源は、
:中国語源で臨(のぞむ)+機(機会)
で、意味は「機に臨む、その場その場に臨むこと」です。

要するに「機会やその場に出くわす事、相対すること」という意味です。



「応変(おうへん)」は、私は二つの意味を頂いております。



一つ目は「変化に応じる」ということです。

これは、仏教の「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という理を連想出来る意味の頂き方です。

変化していく事柄に対して、自分側が応じていく、と言う意味として捉えて頂くと、場面も想像しやすいかと存じます。

受け身のような消極性を感じる方もいらっしゃるやもしれませんが、そもそもとして諸行無常には、人はどうしても受け身にならざるを得ません。

世の理と、しっかりと受けさせて頂いている有り様として味わえれば、仏教的であり、謙虚な心も育まれましょう。



もう一つの頂き方は、「応じて変化する」です。

これは、一つ目の頂き方とかなり似ていますが、ニュアンスが少し違います。

「応じて変化する」の場合、機に臨んだ時に、まずはその機に応じて動きます。

そして、動いて変化した事柄に、また応じて、またその変化に応じて、という連続性を私には感じられるのです。



この二つを掛け合わせた頂き方をすれば、臨機応変の意味は、
:機に臨んで応じて変化し、その変化に応じていく
という頂き方や解釈の仕方も出来ると思いますが、如何でしょうか。



ちなみに、「臨機応変」を一言で表すならば、私は「柔軟性」と言い換えて表します。

更に言い加えるならば、「応変」という事は、「変化に応じて適切に対応すること」と、適切な対応という文脈を持った上で使われている、という語感が御座います。



「臨機応変」は、「その場その場で、事柄に応じて、柔軟性を持って適切に対応して変化する、適切に変化に応じたる」という意味であると、頂いております。
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臨機応変の使い方の例文

臨機応変の意味を、語源から辿って、現代的な意味として理解した後は、使い方の例文にうつりましょう。

例文を読みながら使い方を学ぶ事で、国語の試験対策にもなりましょうし、実践的な理解の仕方にもなります。



臨機応変の使い方の例文としては、次のような感じです。



「臨機応変に伝える」「試合は臨機応変に動く」「臨機応変に行動する」「臨機応変の判断と決断」



使い方の例文からは、柔軟な対応を必要とする際、また柔軟な対応をして欲しい場合に、臨機応変という言葉を使っているというニュアンスを、感じる事が出来ますでしょうか。

「臨機応変という四字熟語を使って、例文を作りなさい」という問題が出たら、これらの例文や使い方を書いておけば、ばつマークは付けられないかと思われます。



そういえば、「臨機応変な対応」「臨機応変に応じる」という例文がありますが、使い方としては違和感を覚えるという人も、いらっしゃいます。

確かに、「応」の言葉に「応」とは、「危険が危ない」「頭痛が痛い」「馬から落馬」のような重複している使い方の例文だと思われるのも、頷けます。



ここで私はこの使い方の例文を、
「臨機応変という有り様で、その場で適切に応じる、という対応をする」
という意味に解釈して、この言葉を頂くようにしております。



確かに重複表現とも言えるでしょうけれども、私は重複表現は、国語的には間違いであっても、それだけ強調したい意思の表れである、という味わいと頂き方を致します。

故に、「臨機応変な対応」「臨機応変に対応してね」と言われたら、このような頂き方で、気になるならば、後でこっそり伝えておくのが良い塩梅ではないかと存じます。
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臨機応変を仏教的に意味を頂く

臨機応変という言葉の意味と、現代で通用する使い方の例文を、共に学んで参りました。

では、いよいよ臨機応変という言葉の意味を、仏教的に味わい、頂く話に参りましょう。



臨機応変は、「機変(きへん)」とも言いまして、禅の根本書として知られている「碧巌録」に、記載されている言葉です。

「碧巌録」には、
:作者機変を知る
とあり、臨機応変の在り方を称賛した内容を記した文章です。



ちなみに、この部分は「作者」も仏教用語であり、禅語であるという説明に用いられる事も御座います。

「小説」も「作者」も仏教用語・仏教由来の言葉で、「小説の作者」は、仏教用語が連続して使われているということです。



話を「臨機応変・機変」に戻しまして。



仏教では、世の中は常に移り変わる「諸行無常」を大切に説いていることから、その場その場、機会や出会う事柄も、常に移り変わっていきます。

ゆえに、本来は全ての事柄は、微妙に差異が生じることでありましょうから、常に臨機応変に動く、生きる事となります。



また、最後の単元でお伝え致しますが、その場その場で出会う人、相対する人は自分とは違う他者であります。

現代でしたら、現代文の先生である出口汪さんが「他者意識」という言葉を色々な著書で伝えていらっしゃいますが、自己と他者という概念がある以上、他者意識は持っておくべき事でありましょう。

残念な事に、他者意識を大切に持つべき仕事をしているのに、他者意識を全く持たずして金だけ取る我利我利亡者が多い世の中で御座いますがね。



臨機応変は、誰もが持っておきたい言葉であり、概念であると、私は味わいを頂いておる次第です。
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人に物事を伝えるのは臨機応変が基本:対機説法

臨機応変という言葉の意味を、仏教用語として、仏教の言葉として改めて味わい、使い方の例文も学び、理解を深めて参りました。



上でお伝えしました通り、原理的に「自己・自分」と「他人・他者」という存在があるわけですから、物事を伝えるのも、他者意識を持っておくことが大切であります。

このことは、すでに仏教が、そして釈尊(お釈迦様)も、説法の仕方や在り方によって現代にまで伝えられており、言葉としても伝わっております。



それが、
:対機説法(たいきせっぽう)
です。



「臨機応変」は、「機に臨む・機会に相対する」という意味をお伝え致しましたが、「機」とは仏教では対象の事であり、「人」も表す言葉です。

つまり「臨機応変」の意味を、仏教的に解釈するならば、「人に臨み、その人に応じて変化する」という意味もあるのです。



また、仏教には「時機(じき)」と言いまして、人々の理解能力と時節(タイミング)を意味する言葉が御座います。

「対機説法」は、相手の理解能力と、現在までの理解の度合い、そして伝えるタイミングをしっかりと見極めた上で、伝え方を、自分を変化させて伝えるという在り方です。

是は、「臨機応変に動く、臨機応変に伝える」という事を考える際、覚えておきたい事柄です。



この辺りは、こちらの本でより詳しく学ぶ事が出来ます。

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浄土真宗本願寺派僧侶であられる大來尚順さんの「端楽」で、臨機応変についても、またその関連で待機説法についても解説して下さっています。

私としましては、読み物としても、実用書としても、仏教の本としても学びや気づき、問いを頂けました。



人は、ついつい自分の知っている事を相手も知っていると思い込んでいたり、自分のペースに相手を巻き込んでしまう行為に及びがちです。

何かの物事を教えたり伝える時も、自分都合で伝える事しか出来ず、「対機説法・臨機応変」とはかけ離れた伝え方しかしていないという事はないだろうか、と、どこかで一度自問しておきたいものです。

「俺に合わせろ」という、傲慢な在り方や仕事の仕方、物事の伝え方で、日々動いているのではないかという事を「脚下照顧」する機会を設けないと、周囲はたまったものでは御座いません。



臨機応変と、「対機説法」は、私は指導的立ち位置に付いている人にとって、必要な要素・素質であると考えております。

人に何かを伝えたり、上司やコンサルタント等の仕事で、部下であったりお客様に物事を伝える際、相手にきちんと伝わるように伝える事が大切です。

上司やコンサルタントは、「自分は相手より勝っている」という傲慢な錯覚から、相手が理解出来ないことを、相手の責任にしがちです。

「理解出来ないのは、理解力が無いお前が悪い!」とか、そんな傲慢な事をやらかしている人って、周囲にいませんかね。



そうではなく、物事を伝える側の心構えや在り方として、「臨機応変・対機説法」の姿勢は、肝要です。

会社勤めで部下を持ったり、コンサルティング業に携わっている人は、このことを戒めるべきでありましょう。

間違っても、財を頂いておきながら、お客様に責任をなすりつけて、自分が請け負うべき責任を放棄しているような、詐欺師になったら、それはその時点で、人間を辞めているということです。



残念な事に、こういうことをやらかしている「自称コンサルタント」は、特にインターネットビジネス業界には、実に多いのが現状です。

お金を取るだけ撮って、責任は一切取らないというコンサルタントがあまりにも多すぎるために、コンサルタントという職種そのものを毛嫌いする人がいるのも、頷けます。



だからこそ、今回の表題である「臨機応変」について、今一度己を顧みるきっかけにして、味わうべき言葉と概念であろうと、私は思うわけで御座います。



これは私への戒めでもありますが、個の時代と言われて、ついつい個人プレーに走るあまりに、目の前の人や周囲の人に対して、雑な対応をしていないでしょうか。



自分ペースだけでしか動いてこなかった、という反省や自覚があるうちは、まだ大丈夫です。

今一度、「臨機応変」という言葉を改めて意味を問うて味わい、人に物事を伝える時は「対機説法」という在り方を覚えて置くだけでも、良い方向に向かえるかと存じます。



合掌

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