完璧主義を治す3つの方法を仏教に学ぶ

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

前回は完璧主義とうつ病についての表題で、私の体験談を交えてお伝え致しました。
396281 生真面目な性格で完璧主義の人は、うつ病になりやすいという話があり、私の経験からも体感としてあります。



今回お話し致しますことは、すでに病気と診断されるほどであるならば、専門の医療機関で治療を受けて治す事が望ましいでしょう。

病気とまではいかないまでも
「完璧主義を治す方法を知りたい!」
「完璧主義者をやめたいけど、やめるにはどんな克服法があるんだろう?」
と、思われている方に有用性がある話です。

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完璧主義を治す方法の智慧を仏教に学ぶ

完璧主義は、物事をきちんと責任を持って完遂しようとする在り方とも捉えられますから、必ずしも短所ではありません。

「自分って、皆から完璧主義者って言われる。」
「私は物事を完全にこなさないと気が済まないけれど、完璧主義な性格?」
って言われても、無礙に否定することはありません、むしろ責任感があり仕事や勉強に真面目な性格なんだ、くらいに思いたいところです。



ただ、流石にそれが行きすぎていたり、度合いが強すぎると、以前の私のような状況に陥ったり、うつ病になる場合も御座います。



そうなる前に出来る事や、完璧主義を治す方法は、仏教の智慧から学ぶ事が出来ます。

その具体的な方法論は、あまりごちゃごちゃと情報を詰め込んでも消化しきれず実践しきれないかもしれませんから、3つに絞ってお伝え致します。

完璧主義を治す方法その1:まず自分の現在地を知る

完璧主義を治す方法の智慧、一つ目は

:まず自分の現在地を正確に知る事
です。



周囲から「君って完璧主義者だよね。」と言われたり、自覚があるならば良いのですが、なかなか自覚するご縁がないという人もいらっしゃるでしょう。

自覚があろうが無かろうが、一度チェックなり簡単な診断を受けてみることです。

幸い、参考程度ではありますが、インターネット上にチェックしてくれるウェブサイトを活用して、ウェブ診断が可能です。

大まかな傾向や程度は、それで幾分か把握することは出来るでしょう。

ただ、やはり専門家にしっかりと診て貰う方が安心は出来ます。

物事を完璧にしないと強迫観念のような感覚に囚われるという場合は、出来る事なら専門の医療機関、心療内科や精神科で一度相談を受けられることが望ましいですね。

そうすることで、うつ病や強迫性障害などの早期発見に繋がれば、早い段階での治療も受けられます。



仏教・仏法の教えでは、この「己の現在地を知る」という事を教えて下さっています。

私が聴聞させて頂いた真宗のお坊さんからも、その事を教わったことがあります。



今回の話でしたら、完璧主義である性格だったり癖を治すのが目的地としてありますが、その前に度合いや程度、あるいは症状などの現在地を知る、という事になりますね。

現在地を正確に把握する事で、目的地に辿り着く最良の道を見出すことに繋がって行きます。



ちなみに、最短ルートが最良とは限らないのが、人の世と言う事は覚えておいて欲しいところです。

回り道をした方が最良ってことも、往々にしてありますからね、じっくりあせらず、まずは現在地を確認致しましょう。
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完璧主義を治す方法その2:諦める(明らかにする)

完璧主義を治す方法の智慧、2つ目は
:諦める(物事を明らかにする)ことを実践する
です。



これは、絶望しろとか、投げやりになって良いということではありません。

前回の「完璧主義はうつ病の原因になる」でお話しした事で
:物事を明らかにして、自分都合でどうしようもない事もあると知る
ということです。



完璧主義者って、自分の力や人間の力では動かせない事に対しても、完璧さを求める事があります。

以前の私もそうでしたけれども、これってやり始めるときりがありません。

物事によっては人の命に関わることがありますし、そういう分野では何事においても完璧を目指す必要が出てくるケースはあるでしょう。

でも、常日頃、何事においても完璧主義の性格を貫くというのは、どこかで無理が生じてきます。



それこそ、天気や自然現象、生理現象などを無理矢理どうこうしようとしても、摂理・原理として不可能であるのですから、どうしようも無く「諦める」しかありません。

「明らかにする=諦める」という仏法や教えを知らなければ、どうにも出来ない事をしようとして、でもやはり出来なくて、自分を責める事に繋がってしまいます。

自然現象等、人の力が及ばない事によって生じる物事に対して、自分を責める必要はありません。

諦める必要があるときは、
「自分にはどうしようも出来ない事だったあるんだ。」
と、その事を明らかにした上で諦める、そうして完璧主義な自己から距離をおくことです。

生真面目な性格だと、なかなか割り切ることは難しいとは思いますけれどもね。



仏教における「諦める」は、物事をほったらかしたり放り投げることではありません。

「物事を明らかにする」事で、やるべきこととやらなくても良い事を見極める、という教えです。

この場合でやらなくて良い事の一つは「自然現象などの影響で、物事を完璧にこなせなかった自分を責める」ということです。

むしろ、自然現象さえも自己責任にしてしまう事は、ある種傲慢であると心得るくらいが丁度良いと、私は思います。
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完璧主義を治す方法その3:完璧ではなく丁寧にする

完璧主義を治す方法の智慧、3つ目は
:物事を丁寧にする、丁寧に為す
です。



私は、特に禅の教え・禅仏教と出会ってからは、丁寧に物事を行うという事を心がけております。

そのような日常生活を送り、仕事をするようになってからは、
:丁寧さの先に、結果として完璧になることもある
という考え方を持つようになりました。



物事が完璧に仕上がった、という状態は結果論であり、
「丁寧に物事を完遂、完結させる事で、結果として完璧な仕事に仕上がる」
という話です。

一から十まで、物事を完璧に仕上げてやろうと意気込む事は、勢いがあって結構な事ですが、どこかで息切れしてしまう可能性も高くなります。

そして、ちょっと何かイレギュラーな事、予期せぬ事態が発生したら、そこでストレスが一気に溜まってゴタゴタしたりして、終わってみれば結果は完璧とはほど遠かった、なんてことになりかねません。

そして「ああ、自分は駄目な人間だ・・・。」と、自分を責め始めたら、気分が落ち込んだり、それが何度も続けばうつ病になるケースもあります。

物事を「諦める」時もあると念頭に置き、その上で目の前の事を丁寧に仕上げて行く、そのような心構えが良い塩梅である、そのように私は思うております。



「丁寧に仕上げて行く先に、結果論として完璧がある。」



「完璧」ではなく「丁寧」を意識する事、ご自身が完璧主義者である性格なり生き方でギスギスしているという自覚をお持ちならば、覚えて置いて欲しい事柄です。

丁寧に今を生きていく事によって、その結果として「完璧」になることもある。

それくらいの心意気で構えている方が、良い塩梅に仕上がり、気疲れもしにくく、精神を疲弊しきらずにいられるのではないか、私はそのように頂いております。



尚、今回の話と関連したことを、こちらにも話をさせて頂いております。

参照:「完璧主義はうつ病の原因になる」



完璧主義は、うつ病に繋がると言う事は、私も体験・経験からも痛感しております。

私のように、倒れてしまうに至る前に、病的な完璧主義から脱する一助となることを願うところであります。



合掌

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