完璧主義はうつ病の原因に|私の体験談

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは「完璧主義」と言う言葉を聞くと、どのように感じられますか?
305769 「物事を完璧にこなす」というと、凄く良い感じな響きに聞こえます。

しかし、「完璧主義・完璧主義者」というと、現代社会においては特に、よろしくない印象を持つ人もいらっしゃるのではないかとお見受け致します。



最近は「完璧は目指さないこと、合格ラインを超えることを目指す」という事が盛んに叫ばれている印象があります。

また、完璧主義はうつ病になりやすいという見解もあり、私の体験からも、それは確かにそうだな、と思うところが御座います。

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完璧主義はうつ病の原因になる人もいるのは確かである

完璧主義とは、「物事を完璧にすること、完全に仕上げることを第一義とする」という意味であると、私は解釈しております。



それを踏まえて、完璧主義者とは「物事を完璧にこなす人」です。

「自分は別に違うし。」と思っていても、実は自分では気づいていないだけで、生真面目な完璧主義者というのはいらっしゃる気がします。



物事を完璧にするという事について、例えば、「ホッチキスのズレも凄く気になる。」「ちょっとした汚れが許せない。」など、神経質とも言えるほどの人もいます。

仕事において真面目で厳しい人の中には、絵に描いたような完璧主義者の姿であるという人も、あなたの周囲にもいらっしゃるかもしれません。

また、実はあなた自身が、気づかぬ間に完璧主義を貫こうとする、読んで字の如くな完璧主義者である可能性も、否定出来ません。



そして、仕事を完璧にこなそうとするから、責任感も強くて生真面目な人であるという属性を同時に持ち合わせている場合も、往々にして御座います。



このような「完璧主義」「完璧主義者」は、お客様に迷惑掛けないとか、同僚の足を引っ張らない等、そのような在り方を備えているわけですから、一見すると悪い事ではありません。

むしろ、仕事の話や職場では頼りになる存在に見えます。



ただ怖いのは、いざ物事が完璧に進まない場合、すぐにイライラしたりストレスを溜めたり、場合によっては爆発してしまうという事に陥る時があることです。

ストレス発散したり、さくっと爆発するくらいなら良いのですが(よくはありませんがね、本来は)内にため込むタイプの人は、特にうつ病になる危険性が高いと言えます。



私も以前は完璧主義者の気質が強く、予定外のことが怒ればストレスをめちゃくちゃ感じて、でも周囲に当たり散らさないように我慢する、典型的な「内にため込むタイプ」でした。

特に、時間に関してはめちゃくちゃ厳格でして、1秒でも物事が遅れることに対して恐怖心すら持っていたくらいであり、時間に対して完璧であろうとしていました。

まさに、内にため込むタイプの完璧主義、「内向型完璧主義者」だったのです



そうなっていくと、どんどん鬱憤が蓄積されていき、それがついに爆発したとき、「うつ病」と診断されるに至る状態に陥ります。

私がうつ病になった原因は、内向的で完璧主義だったというだけではありませんが、要因の一つであったことは間違いありません。



このような実体験から、
:完璧主義はうつ病の原因になる人もいる
:責任感が強く、物事を完璧にこなそうとする完璧主義者はうつ病になりやすい
というのは、頷ける事であると私は実感しております。
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完璧主義で自己責任論者はうつ病になりやすい

完璧主義であり、責任感が強い人の中には、物事を全て「自己責任」と片付ける人もいらっしゃいます。

と、言いますか、かつての私です。



私は、人様に迷惑を掛けないために、仕事は全て完璧に仕上げて、不都合が生じたりしたときは「何があっても自分のせい、自己責任」という考え方でした。

典型的な自己責任論者の姿であります。

ただ、自己責任論を人に押しつけることは致しませんでした。



私の実例を紹介致しますと、荷物を取引先に届ける際、宅配業者の不手際で期日までにお客様にお送りすることが出来なかった場合がありました。

その当時のは、「もっと早くに手配しなかった自分が悪い、私のせいだ」と、めちゃくちゃ自分を責めたものです。



この話を聞かれて、あなたはどう思われますか?



確かに、反省して次は早めに手配しよう、と次に活かすのは大切な事です。

でも、なんでもかんでも自分の責任にしてしまい、自己嫌悪を感じる回数やストレスの度合いが増えれば、そりゃそのうち潰れてしまってもおかしくありません。



それに、相手のミスや自分以外の人がしでかした不手際も、全部自分のせいにしてしまう事は、実は「自己都合という煩悩」です。

相手のミスも自分の自己責任に転換する事は、一見すると潔かったり格好良くうつるかもしれませんが、これは傲慢な考え方であり在り方なのです。



例えば、「ミスを指摘して逆ギレされたら怖いから、自分のせいにしておこう。」とか、そんなことを考えらたことって、あなたにもありませんか?



私は気が弱いから、実際にそのような自己都合の煩悩で、上手く穏便に済ませておこうとしたものです。

これは、物事を穏便に済ませておきたいという、自分都合を実現しようとする煩悩のあらわれなのです。



しかしその結果、自分自身を苦しめ続けたあげく、うつ病と診断されるに至るまでに、己を潰してしまったのです。



なんでもかんでも引き受けてしまう、完璧主義者で自己責任論者である人は、己を責める環境に自ら飛び込んでいるようなものです。

そうして自分に怒ったり責めたりし続けた結果、うつ病になったり、精神衛生上よろしくないことになってしまう危険がある、かつての私や実体験からも、そのような体感があります。



更に言うならば、自己責任論ありきの完璧主義は、実は自他共の進化と深化によろしくない事があるのです。

自己都合的自己責任論は、相手を甘やかしてしまうことになりますし、相手が学び反省する機会も奪うことにもなります。

他者の責任まで自分が背負う事は、実は責任を負うべきその他者を甘えん坊の堕落した亡者にしてしまう危険もはらんでいるのです。

それは、果たして人のためになっている行いだったり考え方であるか、今一度考えるべきでしょう。



ちなみに、この「相手を甘やかしてしまう自己責任論者」は、インターネットビジネスやら自己啓発の世界に、特に多く御座います。

典型的な例が「コンサルタントとコンサル生」という、なんちゃらビジネスに観る事が出来ます。

よくあるのが「稼げたのはコンサルタントのおかげ、稼げないのは自分のせい」です。

私はこのような事をいう人や、このような自己責任論者であるお客様(コンサル生と呼ばれている人達)を、「自己陶酔方優等生」と呼んでおります。

これは「人のせいにせずに、自分の責任とする私を見て下さい」という、自己顕示欲という煩悩にまみれた姿であり、決して褒められた事では御座いません。

最近の詐欺的な自称コンサルタントや高額塾、自己啓発セミナーの類いは、この「自己陶酔方優等生」にあぐらを掻いて、不当に利益を、お金を奪い取っているのが現状です。



自称コンサルタントなどの詐欺師や有財餓鬼・我利我利亡者共に、きちんと己の罪を自覚させてあげるのが、慈悲というものであります。

「稼げないのは自分のせい」だけにしてしまうと、そのような有財餓鬼・我利我利亡者を、更に地獄餓鬼畜生という三悪道へ突き落とすだけです。

詐欺をやらかしていることに気づかせて、悔い改める機会を提示することが、お互いに良き道を歩むきっかけとなるのです。

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自己都合でどうしようもない事もあると「諦める」を知る事が大切

完璧を目指す度合いがあまりにも強い場合、うつ病になってしまわないための工夫が大切です。

そのヒントや実践における知恵は、仏教の智慧なり仏法から私は学んでおります。



仏教の智慧から一つだけ紹介致しますと、
:諦めることを知る
ことです。



「諦める」というのは、丸投げしたり無責任になることではありません。

仏教が説く「諦める」「物事を明らかにする」という意味です。

そして、完璧主義で生真面目な性格の人が明らかにして欲しい事は、
:自分の思い通りにならないこと、自己都合にならない事を明確にする
:それは自分の責任や都合ではどうにもならないと諦める
ということです。



この世では、人間の力が到底及ばない自然界の営みもあります。

自然の営みが、時として人間側の都合通りにならぬ事は多々ありますし、それをどうこうしようなんて事は、人間側の傲慢です。

仏法でも、そのような傲慢を戒める教えは幾つも御座います。



天気一つとってみても、雨が降るか晴れるかさえも、我々の都合でどうにかなるものでもありません。

最近は、雨を人工的に降らす装置はあるし、降雪機はあるにはありますけれども、天気や自然界の営みを自分のご都合通りにねじ曲げることなんて出来ません。

そもそも、そんなことやっちゃいかんし、出来る事でもないと思います。



自然界の営み以外でも、ご縁時節(タイミング)によっては、どうしようも無い事だってあります。

意図せぬご縁があるのが、人の世というものです。

そのようなご縁や時節は、どうしたって思い通りにならないのですから、完璧主義でいると、そのような機縁に遭遇するたびにストレスを抱えることになります。

それではきりがありません。



だから、自分の行動でどうにかなる事と、どうしようもない事をしっかりと「明らかにする=諦める」事が大切なのです。



仏教が説く「諦める」を意識するところから始める、それが完璧主義によってうつ病になったり自身で自身を苦しめない一歩目になる、私の実体験からそのように提言致します。



合掌

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