おせち料理の意味と由来|正月・修正会に味わいたい風習

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

正月と言えば、初詣に行かれる人も多いでしょうし、おせち料理に舌鼓を打つ人も、まだまだいらっしゃるかと存じます。
私は浄土宗の檀家であり、仏教徒・仏教者という自覚がありますから、正月は「修正会(しゅしょうえ)」ということで、知恩院や東西の本願寺、東寺に行ったりと寺巡りを致します。

知恩院へ行く途中には、八坂神社にも参拝すると、まあ、宗教的には節操ないと言われそうな過ごし方です、私の正月・修正会は。



正月と言いますと、正月料理に雑煮であったり、おせち料理を味わう人も多いかと存じます。

うちでは、毎年実家で年末に、ここ最近は三世代が台所で、せっせとおせち料理をこしらえる過ごし方をしております。

日本の伝統とも言えるおせち料理の風習ですが、今回はその意味と由来について、お伝えしていきます。

おせち料理の由来:歴史を辿ると結構古い

おせち料理は、いつ頃からの文化であり風習・エトスであるか。



おせち料理を正月に食べるというエトスは、私は仏教なり神道が始まりか、と思いきや、実はあまり宗教的な意味は濃いわけではないことを、由来や歴史を遡って辿り着きました。

おせち料理は、脂ぎった肉類とはかけ離れた味わいがありますからね、精進料理と通じるかと思いきや、そういうわけではありません。



おせち料理の由来は、古くは中国の「五節供(おせちく)」という行事に由来するという説が御座います。

日本では、奈良時代辺りの時代に始まりがあると言うことですが、すみません、それ以上の説は私も存じ上げません。



由来から分かる通り、節目節目に頂く料理のことを「お節(おせち)」というわけで、正月だけの料理ではなかったと言う歴史が御座います。

昔は、端午の節句や七夕の節句にも、おせち料理が食べられていたというエトス(風習)があったというわけです。

それがいつしか、正月料理をおせち料理と言うようになり、現在に到ります。



由来について更に申し上げますと、おせち料理と言いますと、あなたも重箱に入っている姿を連想されるかと想います。

この、重箱に入った形でのおせち料理は、実はここ150年くらいの風習であったりします。

以前は、お膳と重箱の両方が盛られた形式でありましたが、時代が進むにつれて、明治頃からは、現在の重箱に詰めた正月料理がおせち料理、という形に落ち着いてきます。



余談めいたことを申し上げますが、重箱って、現在こそピンからキリまでありまして、本格的な重箱は凄まじい金額であります。

でも、重箱って早い話が、大きめの弁当箱ですわな。



そのような由来があり、歴史を積み重ねられて、現在ではインターネット通販や出前サービスなどで、気軽におせち料理を外注する事が出来るようになりました。

そういえばありましたね、中身がすっかすかで片方に偏った、憐れなおせち料理の姿で炎上した事例などが。

おせち料理の意味

おせち料理について大枠の意味は、上でお伝えしました通り、節句毎に食べられていた、という意味が御座います。

「おせち料理」は漢字で書くと「お節料理」であり、字面から何となく想像出来た人もいらっしゃる事でありましょう。



そして、お節料理の中身や種類の意味は、言い出したらかなり時間と字数を割くことになるくらいに、多くの意味が御座います。

ここでは、一の重(重箱の一番上)に詰められる「祝い肴」の幾つかを、例としてあげておきます。



例の一つ目として私が意味を伝えたいお節料理の中身は、黒豆」です。

うちでは、炊いた黒豆に、瓶詰めされた固形物のを載せます。

おせち料理では、栗きんとんを用いるところも御座いますが、うちではこういう形式です。

黒豆は、道教由来の意味がありまして、道教では黒を魔除けの色としており、魔除けによって健康長寿を願うとされている食べ物です。

また、栗」「金運を願う、金運アップ」といういわれがありまして、商売繁盛を願う人は、特に注目のお節料理の中身・種類です。



ちなみにうちでは、お節料理では少々奮発致しまして、丹波の黒豆を使用します。

京都の民ですからね、やっぱり地元産のを、使えるところは使いたいものでして。



おせち料理の有名どころで、仕事始めの時に食べる事も多いであろう「おはしとり」の時に登場するのが、数の子です。

数の子は、卵の数が多いことと、「にしん→二親」という洒落た言われから、五穀豊穣と子孫繁栄を願ったおせち料理の中身・種類で御座います。



余談ですが、学生時代に担任の先生が、自作された歌で「数の子さんが売れ残り♪」という歌詞を堂々と歌っていました。

今の私からすれば、「なんちゅうこと宣うか」と、思うところで御座います。

「数の子を舐めるな」と言いたい。



一の重に入れるものとしては、他に「紅白かまぼこ」があります。

うちでは、京かまぼこ茨木屋さんの紅白かまぼこを用います。

お節料理に入れる紅白かまぼこのめでたい意味については、紅白の段階で、もうおわかりの人もいらっしゃることでありましょう。

朱は魔除け白は清浄という意味があり、縁起が良く縁起を担ぐと言う意味があります。

この辺り、「赤・朱は魔除け」というのが、神道のパトス(精神性)を感じるところで御座います。



その他のおせち料理として食べるものの意味を学んで観ると、それぞれにきちんと意味が付けられていて、なかなかに興味深いところであります。
スポンサーリンク

お節料理の意味や由来は、仏教由来かと思いきや・・・

私は今でこそ、仏教徒・仏教者としての自覚がありますから、おせち料理は仏教と色濃い関係性があるとは思うておりません。

そもそもとして、仏教では宗派によっては、迷信めいた話からは離れる教えもありますし、「この食べ物を食べれば縁起が良いから」という意味付けをして、食べ物を食べません。



考えて見れば、おせち料理は魚介類を食しますからね、数の子とか鯛とか、棒鱈とか。

うちでは入れませんが、おせち料理の焼き肴のメニューとして、鰤(ぶり)もありますし。

魚介類が入っている時点で、精進料理と違いますからね。



正月の空気や雰囲気から、私は昔、なんとなく仏教と関係があるのかな、と思うていましたが、ところがどっこいって話です。

それどころか、おせち料理って、由来や意味を辿って行くと、そこまで宗教宗教していないと言いますか、実は宗教性があるわけではないことも、調べて観て初めてしる事となりました。



しかし、そこは仏教者たるもの、意地でも何か関連が無いか、色々と情報を漁って、ようやく「もしかしたら」という説を見付け出しましたよ。



おせち料理で用いるタンパク質としては、豆類か魚介類です。

その昔、日本では正月の間は四足歩行、豚や馬がその対象となりますが、このような動物を食べる事が禁じられていたという話が御座います。

この辺りの話で、やっと僧侶に対する食肉禁止令との関連性や、仏教の不殺生に関連する説が見えてきました。



が、残念ながら、あくまでそういう説がありますよ、というだけの話でしかなく、確たる事柄では御座いません。

仏教に関連する事をお伝えするお堂(ブログ)でありながら、なんとも申し訳ない限りです。



ただ、おせち料理は「料理」をするわけです。

ゆえに、禅寺の「典座(てんぞ)」という、料理担当の修行僧になった気持ちで、おせち料理も作らせて頂く。

典座さんになったかの如くという心持ちで、せめて何品か作られては如何でしょうか、という提言で、関連するということでご勘弁願えませんかね。

仏教者ですがお節料理の意味や由来の味わいは否定しないし、やっぱり味わいたい

仏教においては、「この色が魔除け、この色が健康で長寿」という意味付けをしたり、そこから派生する迷信を戒める教えが御座います。

釈尊(ゴーダマ・ブッダ)」の時代から、占いや迷信に惑わされないように、という教えがあり、日本でも真宗・浄土真宗では、拝読・浄土真宗の御教えの冒頭部分に、はっきりと書かれております。

ですから、本来であれば、「紅白かまぼこ?縁起?縁起の意味は仏教ではこうだから、だまって食べなさい」ということになります。



ただ、そうはいっても、やっぱり私も俗世の凡夫、情緒を味わいたいと思う凡夫の性(さが)が御座います。

それに、折角気持ち良く、風習として根付いたおせち料理の意味を味わうのも、趣のある正月の過ごし方です。

更に、「栗きんとんには金運アップの意味があるけれど、この意味を有り難く頂戴しつつ、現実としてはそれに甘んじずに精進して生きよう」と思えれば、意味あるきっかけとなりましょう。



折角のお正月、修正会を厳かに過ごしつつも、味わいを楽しまれている人が興ざめしない柔らかさも、おせち料理と共に味わいたいもので御座います。



合掌

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加