お彼岸の意味と仏教

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、お彼岸と言うと、どのような情景を連想されるでしょうか。
6a738504020ee900133c4845eebcb9b9_s お彼岸と言えば、彼岸花が沢山咲いた風景やお墓参り、おはぎ・ぼたもちを連想する人も、いらっしゃるのではないかと存じます。

漫画やアニメーション作品がお好きなら、「地獄少女」という作品にて「もろく憐れな彼岸花」という冒頭のフレーズを連想されるかもしれません。

流石は地獄少女、彼岸花の別名は「地獄花」で、良く似合っていらっしゃる、と思うのは私だけですかね。



私は、このお堂(ブログ)の住職としての名前が「此岸真観」という事で、此岸彼岸という言葉を連想致します。

お彼岸は、現在は各寺院で「彼岸会(ひがんえ)」という事で仏事をされたり、お墓参りに来られる檀家さんと関わる時期であります。

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お彼岸とは何か。お彼岸の意味

「お彼岸には墓参りを」など、現在は特に意識せずに使われている感もあるこの「お彼岸」という言葉ですが、元々は仏教語・仏教用語として伝わっております。



お彼岸の「彼岸」は、梵語で「パーラミター(波羅蜜)」の意訳という説があり、お彼岸の時期が中日を真ん中として前後3日を合わせた7日間である時期の話とも関わりがあります。

「パーラミター(波羅蜜)」とは、「般若波羅蜜」「布施波羅蜜」など、「六波羅蜜」という言葉で知っている人もいらっしゃるかと存じ上げます。



お彼岸の時期についての仏教ゆかりの話は、別の機会に譲ります。



お彼岸は、正式には「到彼岸」と言いまして、「彼岸に到達する」という意味です。

彼岸とは「向こう岸、彼(か)の岸、悟りの世界、すなわち浄土」という事で、浄土に到達するという意味のある言葉であり、浄土仏教とも関わりの深さを感じる言葉であります。

お彼岸とは、現在はお墓参りの時期という見方が日本ではされていますが、由来・ルーツや語源を辿ると、その意味は「此岸から彼岸に到る」という事だったのです。



お彼岸とお墓参りについても、別の機会にお話し致しましょう。
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日本のお彼岸の由来

お彼岸の意味は、淡泊と言いますか、割とあっさりとした説明は、上記の通りです。

お彼岸・彼岸の意味はこれでわかりましたが、では、由来や始まりはどうなのか。



現在の、春分の日と秋分の日を中日として、その前後に3日を加えた7日間・1週間の彼岸会が催されたのは、806年まで遡ります。

806年からですから、お彼岸・彼岸会という仏事は1200年以上続いており、2016年の時点では、秋のお彼岸・彼岸会は1210年も続けられているということですね。



伝わっている歴史は、この時期に各地国分寺にて「金剛般若経」を転読したというのが、お彼岸・彼岸会の始まりとされております。

彼岸=浄土という考え方ですと、「観無量寿経」や「仏説阿弥陀経」あたりを、読み上げるのではないか、と私は思うたりします。

しかし、806年当時は善導大師や師匠である道綽大師が中国で浄土思想・浄土教を伝えていらっしゃり、浄土仏教自体はあったけれども、仏教のメインストリームではありませんでした。

浄土宗や真宗・浄土真宗は鎌倉真武教に分類されて、もっと後の時代ですから、800年代に法然上人がいらっしゃったならば、国分寺で読まれた御経は違っていたかも知れませんね。



そうして806年に始まったと言われる彼岸会は、江戸時代には年中行事となり、現在のお彼岸に通じていきます。



ちなみに、この彼岸会は仏教が伝わっている国は数有れど、お彼岸・彼岸会は日本独特のエトス(行為様式・風習)であり、中国でもインドではされない、とのことです。
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お彼岸の意味と由来を学んだところで、二河白道の話

お彼岸について、その意味と由来を仏教の歴史と共に紐解いたところで、浄土教・浄土仏教や浄土にまつわる話を致しましょう。

これは、浄土宗のお坊さん、また真宗大谷派の僧侶からも聞いた話で、興味深い絵も見せて頂き、学ぶご縁を頂いた話です。



お彼岸とは「此岸から彼岸へ」という到彼岸の話をしましたが、此岸から彼岸への渡る道筋や、その過程を描いた絵が御座います。



その絵は、
:二河白道(にがびゃくどう)
と呼ばれており、浄土宗の高祖であられる善導大師が伝えられた話で御座います。

浄土宗は、宗祖は法然上人であり、高祖が善導大師なのですよ。



高祖善導大師が伝えて下さる「二河白道」は、此岸からお彼岸へ到達する旅人の姿が描かれております。

この「二河白道」という絵には、我々凡夫である人間の姿が、まさに此岸から彼岸へ渡ろうとする旅人の姿で描かれております。

これ、描かれている此岸と彼岸の位置関係が実に見事であり、東側に此岸、西側に西方極楽浄土と言われるように彼岸が描かれています。



此岸には悪鬼や妖怪などが迫っていて、左側は炎、右側が大洪水とも思える勢いの水の河が描かれており、それぞれが「誘惑」「瞋恚(怒り)」「貪欲(貪り)」などの煩悩を表しています。

そして、東側の此岸では、釈尊・ブッダが「行け」と声を掛けて下さり、西側のお彼岸では、阿弥陀仏が「来い」と呼びかけて下さっている、という構図です。



お彼岸の時期・季節には、このお彼岸に渡ろうとする旅人が描かれる「二河白道」を、私は思い出すようになりました。
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水木しげるさんの「二河白道」

ここで一つ、「二河白道」に関するお話しをば。



上でお話し致しました「二河白道」の絵ですが、実は東京都内にある浄土真宗本願寺派の寺院、覚證寺(かくしょうじ)に、水木しげるさんゆかりのお寺が御座います。

ここには、水木しげるさんが生前描かれた「二河白道」の絵が御座いまして、私も浄土真宗のお坊さんに、その絵を東本願寺の御法話の時に見せて貰った事があります。

私が見せて貰った絵は新聞の切り抜きでしたけれども、水木しげるさんが描かれた「二河白道」の実物は、覚證寺に安置されているとの事です。

覚證寺では、秋季彼岸会を行われており、秋のお彼岸の時期にはご住職の御法話も聴聞させて頂く事が出来ます。



流石は水木しげるさんが描かれたというだけあって、ゆかりのキャラクターが描かれていますよ。

此岸からお彼岸へ渡ろうとしているのは誰なのか、なぜそのキャラクターなのか等、問答してみるのも風流であり、乙なものかと存じます。
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お彼岸の時期には、意味を改めて色々と考え己を省みる

お彼岸の時期は、墓参りの時期という印象がある現代であり、確かにお彼岸に墓参りをする事も、日本に根付いた彼岸会のエトス(行為様式・風習)であると、私は頂いております。

それはそれで大事にしたいエトスですが、先祖供養と同時に、エトスの始まりや由来、その意味などを考える時期としてもみては如何でしょうか。

こうして先祖供養としてのエトス(行為様式・風習)が連綿と受け継がれている事柄は、大切にしたいものであると、私は思うております。



先祖供養は、ご先祖様への畏怖や敬意を形にする行為様式であり、墓参りをしたり彼岸会という仏事に関わる事で、行為からパトス(精神性)に繋がるものです。

そこから、ご先祖様から繋がっているご縁を、縁起に思いをはせて、そのご縁を大切にしていくパトスにも繋がるきっかけにはなるのではないでしょうか。



お彼岸の意味を座学として学び、そこからお彼岸を意味ある事柄に繋げていく。



今回、お彼岸の意味を仏教の歴史と共に、文字として、ロゴス(文字・言葉)として学ばれたならば、墓参りというエトス(行為様式・風習)からパトス(精神性・情緒)まで繋がって欲しい、と思う今日この頃で御座います。



尚、お彼岸の時期やエトスにつきましては、こちらに掲載させて頂いております。

参照:「お彼岸の時期とまつわる話|2016年秋分の日編」

参照2:「お彼岸の墓参りとお供えのおはぎ」



お彼岸の時期には、意味やエトス(行為様式・習慣)を知っておくことで、趣や味わい方をより深められるのではないか、そのように思う次第で御座います。



合掌

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