小池龍之介さん(僧侶)がテレビで紹介される

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、小池龍之介さんという僧侶をご存じでしょうか?
257412 2016年6月6日の「7時にあいましょう」というテレビ番組で、草野仁さんと対談されるという事を、新聞で知りました。

小池龍之介さんは、東大卒・東京大学卒業という学歴を持つ僧侶と言う肩書きが有る事から、テレビなどのメディアで取り上げられやすいのだろうと推察致します。



東大卒の僧侶と言えば、最近はインターネット寺院「虚空山彼岸寺」の松本紹圭さんも連想するところです。

そしてこの「虚空山彼岸寺」が運営される「彼岸テレビ」で小池龍之介さんは、禅僧の玄侑宗久さんや浄土真宗本願寺派の僧侶で大学教授の釈徹宗さん、浄土宗の秋田光彦さんとも対談されています。

釈徹宗さんと小池龍之介さんは「覚悟の決め方」という共著でもご縁があるお二方で、この本は私も読ませて頂いております。

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小池龍之介さんの仏教の言葉に対する読み仮名・振り仮名は独特

小池龍之介さんについては、現在はWikipediaにもまとめられておりますし、「坊主失格」という本に、経歴も紹介されております。

だから、小池龍之介さんの紹介そのものは、それらの情報にお任せすると致しますが、簡単にさらりとだけお伝えしておきます。



小池龍之介さんは1978年12月生まれの方ですから、2016年の時点では30代後半であり、若手の僧侶と言えるでしょうか。

お坊さんというと、年を重ねられている人が多い印象をお持ちの方も多いのでは無いかと、世間知から推測致します。

そのような中で、現在は若手の僧侶の活動も見受けられ、上で紹介させて頂いた松本紹圭さんや、フリースタイルな僧侶たちを立ち上げた池口龍法さんも、若手で活動的な僧侶達です。

私も、2015年には浄土宗の十夜法要の時期に、池口龍法さんを中心とした若手の僧侶と学生が活動される「十夜フェス」で、若手僧侶と話をさせて頂いたものです。

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小池龍之介さんの本

小池龍之介さんについては、私も幾つか本や瞑想についての解説書を読んだことがあります。

最近でしたら、テリー伊藤さんとの対談本も出されいたのが記憶に新しいところです。

小池龍之介さんの本を私も色々と読んでおりますが、文体と言いますか、言い回しが独特だと感じます。



例えば、「刺激」は本来「しげき」と読みますが、小池龍之介さんの本では「くるしみ」とルビがふってあります。

これは、仏教の「穢土においては、生きる事は苦しみである」という教えを伝えている一つの表現方法だと、私は頂いております。

この教えについて、小池龍之介さんの本では「楽も苦しみに繋がる」「楽も実は苦の刺激」と書かれております。



また、小池龍之介さんの本に「煩悩フリーの働き方」というタイトルの本がありますが、何と読むかご存じでしょうか?

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「煩悩」は、普通に読めば「ぼんのう」ですが、本の表題のルビは「煩悩(ストレス)」です。

働く際に、煩悩がストレスに繋がる事を考えると、確かになあ、なるほどなあ、と、頷いたものです。



このように、小池龍之介さんの言葉遣いや定義、本に書かれている内容の表現を読んでいくと、僧侶としての視点と共に、独特な言い回しに気がつきます。



彼が作ったウェブサイト「家出空間」も、僧侶なら「出家(しゅっけ)」とするかと思いきや、「家出」と、なんだか皮肉った捉え方も出来る表現を使われます。

「出家と家出をごっちゃにするな」というメッセージがあるのではないか、私はそのように味わわせて頂いております。

「出家と家出を同じと考えるべからず」は、小池龍之介さん以外の僧侶も仰っていますし、同じような考えをお持ちであっても不思議ではありません。
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小池龍之介さんは原始仏教の僧侶で瞑想や坐禅を教えている

恐らく「7時にあいましょう」で、草野仁さんと対談する番組では、
:東大卒
:執筆活動をして、瞑想や坐禅を教えている
:宗派に属せず御経を唱えない、葬儀や法要をしない
という紹介のされ方をするのではないかと思われます。

その方がインパクトがありますし、葬儀や法要をする人=僧侶というイメージが出来上がっている現代社会においては、わかりやすいものです。



宗派や御経、葬儀については次の項目でお伝えするとして、ここでは小池龍之介さんの僧侶としての活動について紐解いて行きます。



小池龍之介さんは、現在は執筆活動と、月読寺の住職として瞑想や坐禅を一般の方々に教える活動をされています。

「7時にあいましょう」で草野仁さんと対談される場所は、この月読寺であろうと、予告動画を観た限りでは推察出来ました。

その月読寺の様子や、小池龍之介さんが教えて下さる瞑想と坐禅については、この一冊が一番わかりやすいと考えております。


「自分」を浄化する坐禅入門
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「「自分」を浄化する坐禅入門」という本です。

私が教わった坐禅は、東福寺の塔頭・勝林寺であり、禅宗の坐禅ですけれども、この本で小池龍之介さんが伝えられている坐禅瞑想法は、彼のオリジナルです。

マインドフルネスや、アルボムッレさんが伝えられている瞑想に通じるところがある瞑想法です。



少しだけお伝え致しますと、座り方・坐禅の型は、禅寺で教わる「結跏趺坐(けっかふざ)」「半跏趺坐(はんかふざ)」です。

手の位置や形は「法界定印(ほっかいじょういん)」が基本です。

そして、このお堂(ブログ)でもたびたびお伝えしております「内観」「実況中継」をしていく、という流れです。

座り方は禅宗が教えて下さる坐禅の型ですが、原始仏教が教える瞑想の方法「実況中継による内観」を採っているのが、小池龍之介さんが教える坐禅瞑想の特徴です。

この辺り、原始仏教やマインドフルネスを学んだ事がある人や習った事がある人なら、ピンとくると思われます。



また、動的な瞑想である「歩く瞑想」も、この本に書かれています。

ちなみに、歩く瞑想や実況中継による内観の方法を、もっと知りたい人ならば、こちらも併せて詠んでおくと、より理解が深まるのではないかと思うております。

この本にかかれている「食事の瞑想」は、小池龍之介さんも教えていらっしゃる内容であり、ここで詳しくは話しませんが、ダイエットにも効果的です。

その他、小池龍之介さんの本については、こちらでより詳しくお伝えしております。

参照:「小池龍之介さんの本で私が選ぶ3冊」
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小池龍之介さんは宗派に属さぬ僧侶で御経を唱えないと紹介されているが・・・

現在の小池龍之介さんは、住職をされている月読寺や正現寺が宗教団体に属さない「単立宗教法人」という事もあり、宗派に属さない僧侶というのは確かです。

現在は特定の宗派に属していらっしゃらず、月読寺も無宗派のお寺です。



そして、執筆活動と坐禅や瞑想を伝える活動をされていることから、御経を読まないと言われています。

ただ、小池龍之介さんご自身は、能力的に御経を唱えられないわけではありません。



そもそも小池龍之介さんは、東京大学卒業後に浄土真宗本願寺派教師課程を経て、浄土真宗の教師資格を持っていらっしゃいました。

以前に持っていらっしゃった僧籍が浄土真宗だったのは、父親が浄土真宗の僧侶でお寺の住職であったことが関係しているのでしょう。

ただ、活動内容や本の内容が、浄土真宗本願寺派の教義に反しているということから、浄土真宗本願寺派の僧籍を除籍されたという経歴があります。

それで現在の「宗派に属さぬ僧侶」「原始仏教僧侶」という立ち位置に至ります。



それに、現在は小池龍之介さんが住職をされている、父君がら引き継いだ山口県の正現寺では、副住職も勤められていた時期があります。

それゆえに、少なくとも浄土真宗の形式による葬儀や法要は一通り心得ていると考えられます。

浄土真宗の葬儀や法要・勤行の形式は「正信偈」「和讃」「御文」等がありますが、恐らくそれらを今でも記憶されているだろうと推察されます。



現在、小池龍之介さんが本や活動で伝えられているのは、原始仏教であったり、瞑想坐禅といった自力の方法についてです。

浄土真宗では、坐禅や瞑想といった自力の行は教えておりませんから、浄土真宗の教義とは離れます。

ゆえに、浄土真宗の僧侶として瞑想や坐禅を教えているのは如何なものか、ということで浄土真宗の僧籍を除籍されたものと見受けられます。

「やるなら、原始仏教の僧侶としてやりなさい。」ということなのでしょう。



更に、真宗・浄土真宗では般若心経を法要や仏事で用いませんが、小池龍之介さんは般若心経を唱えられる事もあります。
(正現寺での葬儀や法要時などで)



浄土真宗では、般若心経はとなえませんから「浄土真宗の僧侶が般若心経を唱えるとはちょっと・・・」と言われる背景もあるのかと思われます。

ゆえに、教義について厳しい目を持っている浄土真宗においては、反するとされてしまう事があるのでしょう。

私も本願寺で真宗のお坊さんから「浄土真宗は教義について厳しい目を持っている」と教えて頂きました。

その辺りから、浄土真宗の僧籍を除籍された背景も見えてきます。

お坊さん 黒

小池龍之介さんもフリースタイルな僧侶の一人に思える

現在の仏教界では「フリースタイルな僧侶たち」があるように、宗派を超えて協力した活動も観られます。

それに、善光寺のように伝統があるけれども無宗派の単立寺院もありますし、名古屋にも超宗派の寺院である覚王山日泰寺があります。

更に、インターネット寺院「虚空山彼岸寺」もあったりと、若手を中心にフリースタイルな活動が観られるものです。



それを思うと、フリースタイルな僧侶の活動土台はすでにあり、伝統の教義や教団を大切にしながらも、その枠組みに囚われない取り組みをされている人もいるのが、現在の仏教界であるように思えます。

小池龍之介さんは原始仏教の立ち位置から、そのような活動をされている「フリースタイルな僧侶」の一人のように、私にはみえるのです。



そう思えば、教義が違うゆえに小池龍之介さんは浄土真宗の僧侶ではなくなったけれども、だからこそ原始仏教の僧侶としての活動を確立出来た、という見方も出来そうです。

小池龍之介さんは原始仏教のフリースタイルな僧侶、私はそのような見方で、観させて頂いております



尚、小池龍之介さんについては、こちらに情報をまとめて御座います。

参照:「小池龍之介さんの情報まとめ」

小池龍之介さんについて知りたい方にとっては、一助となるかと思うております。



合掌

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