自己顕示欲の強い人の特徴|ネットビジネス業界はこんな亡者ばかり

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

このお堂(ブログ)にて、何度か自己顕示欲について、お伝えしてきております。
137653 自己顕示欲の強い人という言い方がある事から、自己顕示欲とは、強弱や幅・グラデーションはあるように思います。

実際に、人から「君って自己顕示欲が強い人だね」と言われて、ショックを受けた人もいらっしゃるやもしれません。

また、周囲に「あの人はどうみても自己顕示欲の強い人だ」と感じられる人と出くわした経験をお持ちの方も、いらっしゃることでありましょう。



自己顕示欲の強い人の心理というものは、仏法から照らすとどのようなことに見えるのか、その一例を探る事と致します。

スポンサーリンク

そもそも自己顕示欲は誰しも持つ欲であり煩悩と思われる

自己顕示欲という欲求は、現代の日本社会で生きている以上、自覚の有無はともかくとして、誰しも大なり小なり持ち合わせているであろうと、私は感じております。

自己顕示欲が全くのゼロで生きている、あるいは生きてきたという人も、絶対にいないとは言い切りませんが、多くの人が自己顕示欲という欲求は、何らかの形で持っているであろうと考える次第で御座います。



私は、自己顕示欲そのものが悪いとは頂いておりません。

自己顕示欲そのものは、「自己の存在を顕し示すこと」で、その欲求であり、それ自体に善悪は御座いません。



ただ、あまりに不安定・アンバランスで自己顕示欲が強い人であると、現代的な言い方では「うざい奴」になってしまいかねません。

問題となるのは、その自己顕示欲があまりにも強くなりすぎたり、煩悩が絡んでくることに御座います。



「自己顕示欲が強い人」とは、煩悩が絡んで不安定となった状態である人の事を表すと、私は頂いております。

ある程度の自己主張が必要な現代社会ですが、それが行き過ぎて、自己顕示欲が強い人になってしまい、自己主張全開で周りを顧みない状態では、どんどん人も離れていき、人徳も損なわれます。

そのためには、まずは「自己顕示欲は、人であるならば誰しもが持ち合わせていて、他人事ではなく自分事として頂く」とするのが、己の自己顕示欲と上手に付き合い、良い塩梅の距離感を保つ一歩目だと、私は頂いております。

そして、もしも「自己顕示欲が強い人って、実は私だ」と自覚したならば、そのブレーキともなる話を、仏法の味わいを頂きながら、この後お伝え致します。



自己顕示欲の形、欲求の現れ方は色々ありましょうが、今回は法然上人の御言葉を頂きながら、3つにしぼってお伝え致します。



今回、法然上人の御言葉に照らした頂く仏法は「三つの髻(もとどり)」からです。

「三つの髻(もとどり)」は、真宗・浄土真宗の覚如上人「口伝抄」で記された話に出てくる、法然上人がお弟子さんに諭された御言葉で御座います。
514721

自己顕示欲の強い人の特徴的心理1:勝他(しょうた)

自己顕示欲の強い人に観られる特徴的心理と仏法の一つ目は、
:勝他(しょうた)
です。



これは、よく勉強する人や、「褒めて貰いたい」という欲求が強い人に観られる事です。

「勝他(しょうた)」とは、「他より勝っている」という意味です。



自己顕示欲の意味は、「自分の存在を示したい、アピールしたいという欲求」です。

「自分はここにいます」という、存在証明をしたがる欲求の事だと言う解釈をすると、わかりやすいかと存じます。



しかし、ここに「自分を良く見せたい、その他大勢とは違う、他よりも勝っている」という勝他の煩悩が絡んでくるから、人というのは厄介なのです。



例えば、学生時代にテストをして、人よりも点数が高いと「あいつより俺は勝っている」と、思った事は御座いませんか。

その他、クイズ番組で問題が出されたとき、自分は答えを知っていて、番組の回答者が答えられなかったら、「あいつ馬鹿だな、自分は答えられるのに」なんて、思った事がある人も、いらっしゃるのではないかとお見受け致します。

仏教の基本的な教えからすると、これは「身口意の三業」において、思っている時点で少なくとも「意」が調えられていない状態です。

「あいつは馬鹿だ、自分はあいつより勝っている」と、番組の回答者や、テストの点数で勝った相手を卑下しているのですから、心理構造を観て頂ければ把握できる事でありましょう。



自己顕示欲の強い人に観られる心理の特徴として、この「勝他」という煩悩が絡んでくることにあります。

自己顕示欲が強い人が嫌がられる特徴と、言い換えてもよいでしょう。



これは、特になんちゃらビジネス、インターネット系のビジネスや自己啓発系ビジネスに嵌まっている人に、よく見られる現象です。

「俺、こんな凄いセミナーに行って来たんだよ。」とか「こんな高くて難しい本を読んでいるんだよ。」と、聞いてもおらんのにひけらかしたり、相手から尋ねてくれそうな細工をするのが、その典型的なかたちです。

「アンソニー・ロビンズの何十万円もするセミナーに参加してきた」とか、そのような自慢している輩は、まさに自己顕示欲が強い人(人を辞めているかも知れませんが)の特徴的心理が垣間見られる典型的な事例であります。

また、アンソニー・ロビンズさんとのツーショット写真なり、一緒に写っている写真をひけらかしていて自慢しているのも、「勝他」の特徴や心理が垣間見られます。

これは、アンソニー・ロビンズさんが悪いのではなく、彼の威を借りて自慢げにひけらかしているのが、さもしい自己顕示欲の心理であり特徴である、という話です。



「勝他」という煩悩に気づき、自己顕示欲と結びつかないように、注意したいものであります。
スポンサーリンク

自己顕示欲の強い人の特徴的心理2:名聞

自己顕示欲の強い人に観られる特徴的心理と仏法その2は、
:名聞(みょうもん)
です。



これは、「名を聞きたい」という意味で、何の名を聞きたいかというと、「他人から自分の名前を聞きたい」という意味です。

では、どういう名前の聞き方をしたいかというと、「あの人は優れている」という名前の聞き方で、現代の言葉で言うならば「名声」と言い換えることが出来ます。

ようするに、自分を褒めて欲しい、という心理的特徴の一つです。



例えば、「あなたって凄いよねえ。」とか、「あの人って素晴らしい人だよね」と噂されると、良い気分になることでありましょう。

時々「格好良い」と言われて、怒る人もいらっしゃるようですが、多くの場合は褒め言葉として受け取り、嬉しくなるものです。



厄介なのが、自己顕示欲の強い人は、「貪欲(とんよく)」の煩悩や、上の「勝他」とも絡んで、名聞を欲するという心理的特徴があることです。



自分が凄いと言われる形で自分の名を聞きたい、だからもっと自己を顕す、というのが、自己顕示欲の強い人に観られる特徴であり、心理と言える事でありましょう。

向上心や他を利するためならば、このような自己顕示欲の心理的特徴は力となりましょうが、バランスを欠いて、我利我利とした心理で暴走すると、これまた「うざい奴」となってしまいかねません。



この「名聞」も、きちんと自覚したいものであります。
092090

自己顕示欲の強い人の特徴的心理3:利養

自己顕示欲の強い人に観られる特徴的心理と仏法その3は、
:利養(りよう)
です。



これは「自分の利を養う」ということで、自分の利益(りえき)となる事ばかりを考えている、という意味です。

ようするに「自分が得すること」という意味です。



わざわざ「利益(りえき)」と振り仮名をうっているのは、「利益(りやく)」との違いを明確化するためです。

現在使われている「利益(りえき)」は、仏教では「現世利益(げんせりやく)」といいまして、あれをすればこれが貰える、という、取引的な意味を持っています。

ビジネス(取引)の現場で使われる「利益」は、ほぼ「りえき」でありましょう。



そして、自己顕示欲が強い人の特徴や心理には、この「自分が得をしたい=利養」が前面に出すぎているきらいが御座います。



この「利養」まで、「勝他」「名聞」が、繋がってきます。

「勝他」で、自分は勝っていると自己顕示して、それにより「あの人凄い」という「名聞」があり、それが「利養」に繋がる、というわけです。

個人主義的ビジネスというのが多々観られる昨今の市場原理に基づけば、「利養のための名聞、そのための勝他」と言えましょうか。



自己顕示欲の強い人の特徴であり心理というのは、「三つの髻」でひもとけるのではなかろうか、私はこのように頂いております。
378811

自己顕示欲の強い人の特徴的心理は自分事として頂く

今回は、自己顕示欲の強い人の特徴や、その心理を「三つの髻」という、法然上人縁の言葉と共に、学んで参りました。



このように話している私でありますが、私にも「三つの髻」はくっついてまわりますし、自己顕示欲を持ち合わせております。

私も、ついつい「この人は仏教を勉強して知っている人だね」と言われると、ついつい「嬉しいな」と思い、もっと自己顕示欲を強めたくなる衝動に駆られます。

この事を自覚しないと、「もっと褒めて欲しい、もっと知識人だと思って欲しい」と思い、勝他や名聞のために、仏法を学ぶ事になりかねません。

故に、このように三つの髻について話をしている私自身も、自分事として、内省のために記している、という部分も多々御座います。



大切な事は、先人の智慧、仏法を説いて伝承して下さる方々の教えを光明とし、己を照らして頂く事で気づかせて頂く事です。

自分からなかなか自覚的になれない、自分事として頂けない我々煩悩具足の凡夫は、自己顕示欲の強い人を笑えません。

自分が、その自己顕示欲が強い人であり、その特徴や心理に既に毒されているのかも知れないのですから。

故に、仏法は、そのような私達に自覚を施して下さる光明であると有り難く尊く頂き、自己を調えていきたいものであります。



自己顕示欲についての事柄は、こちらにも記しております。

参照:「自己顕示欲とは」

参照2:「自己顕示欲の意味と抑える方法を仏教から学ぶ」

参照3:「自己顕示欲の強い人の心理と仏教の智慧」



自己顕示欲の強い人、そのような特徴や心理は私にもあるのだという自覚を持ち、自己を調える一助となりましたら、嬉しく思う今日この頃に御座います。



合掌

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加