京都の五山の送り火が雨天でも中止しない事に観るエトスの伝承

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、毎年京都のお盆に行われる「五山の送り火」をご存じでしょうか?
091300 京都の五山の送り火は、毎年8月16日の20時(午後8時)に、5つの山にて「大」「(左大文字の)大」「妙」「法」「船の形」「鳥居の形」が京都の町に灯されます。

京都のお盆に灯される「五山の送り火」は、夏の風物詩であり、お盆の締めくくりという感じが致します。



私も子供の頃から「大文字さん」「大文字五山送り火」と言って親しみを感じたものです。

京都では「祇園さん」とか「大文字さん」とか、つくづく敬称で呼ぶ文化があるなあ、と、地域文化を感じるところで御座います。

ただ、「大文字焼き」と言うのを嫌う人もいらっしゃるそうですがね。



京都のお盆に観られる五山の送り火は、火を灯す行事ゆえに、雨天でどうなるかが、毎年気になるという人が多いようです。

五山の送り火について個人的に色々と調べて事もある地元住民の私から、お伝え出来ます事をお伝え致します。

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結論から言いますと、京都の五山の送り火は雨天でも基本的に中止せず決行する

結論から申し上げますと、京都の五山送り火は
:雨天でも基本的に中止しない
ということが言えます。

「基本的に」と入れたのは、京都のお盆になされる五山の送り火の長い歴史において、戦後に一度だけ巡演した記録が残っておるからです。



私が生まれるもっと以前の時代、1963年の8月16日は台風によるもの凄い大雨で、どうしても順延せざるを得ない自体が御座いました。

当時は、大文字以外の4つの山は何とか点火出来たのですが、大文字だけがどうしても点火されず、やむなく順延しないと行けない自体になったのです。

京都五山の送り火は、「大文字さん」という愛称があるほどで、「大文字」が主役といえる行事ですからね、その主役がいなくなってしまっては・・・という話です。

4つ付いたから、一応は祖霊を灯火にてお送りする事は出来るという方便をする事は出来ても、やはり主役がいないのは寂しいものです。



翌日、8月17日に大文字を点火することになりましたが、この日も雨で、しかたなく25分早くに点火しました。

しかし、それゆえに見るタイミングを逸したという人も大勢いて顰蹙ものだったという歴史が残されております。



このような例外的な年はありましたが、それ以外の年はきっちりと雨でも五山の送り火を点火して、毎年無事に祖霊を極楽浄土へお送り出来ております。

最近の事例でしたら、2014年には四条通りが冠水するレベルの猛烈な大雨に見舞われましたが、それでも京都のお盆を締めくくる五山の送り火はやり通しましたからね。

もっとも、点火時間には小雨になってかなり雨も上がってくれた、という天候のご縁があったわけですが。
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戦中でも京都の五山送り火は上手い事実施された

戦中、1945年から少し前の年代では、京都では祇園祭もされなくて、五山の送り火も点火はされませんでした。

ただ、それでも当時の人達は智慧をしぼり、上手い事五山の送り火を模した取り組みをされていたという歴史があります。

この辺り、京都五山の送り火にまつわる話や伝承を見聞きした人や、当時を生きた人達ならば記憶されいるかと思われます。



戦中、1943年から1945年までの時代背景を考えると把握出来ると思いますが、流石に大文字を点火すると標的にされる恐れがあります。

そこで、祖霊、当時は英霊をお送りするという意味があったそうですが、早朝に白いシャツを着た人達が、本来なら点火することになる山に登り、人文字によって大文字送り火の代わりとしたのです。

厳密には、点火という形では一時されませんでしたが、大文字の文化そのものは絶やすことなく続けられたところに、私は京都の歴史や文化、エトス(行為様式)を伝承する心意気を感じるものであります。
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京都五山の送り火を雨でも中止せず決行する歴史を、私なりに観るエトスの伝承

京都の五山の送り火は、葵祭と時代祭と祇園祭とならぶ、京都の伝統的な行事であり、この4つをして「京都の四大行事」とも呼ばれております。

そして、このどれにも共通している事は、現代では雨天で順延する事はあっても中止にはしない事です。



五山の送り火は、上でお伝えしました通り、大雨や台風でもやってのけますし、祇園祭の山鉾巡行も、2015年は台風で雨が降っていたのに中止せず決行に至りました。

葵祭と時代祭は、雨が降ると順延しますが、あくまで順延で、必ずその年にきっちりやっております。

他にも、京都の貴船神社で行われる「鞍馬の火祭」も、雨でも中止にせずに決行しますからね。



現代でしたら科学技術を活用して、何とか火を消さずに点火出来る装置もあるでしょうが、それにしても中止にせずにやってのけるのは、なんだか意地さえ見いだせるものであります。

「雨だったら、火を使う行事は中止にすれば良いじゃないか。」と思うのが、特に現代における合理的な考え方です。

でも、例え雨でも中止にせずに決行するその不合理とも思える心意気に、私は粋だったり歴史的行事の伝承に対する意地のようなものを感じるのです。

京都が「歴史の町」と呼ばれるのは、このような神事や仏事、伝統行事を何としても絶やさずに決行するところにも現れているのではないか、そのような事を感じます。



「伝統を継承していくことの大切さ」を、エトス(行為様式)として伝えていく事の大切さや重要性を、身体と感性で理解して伝わっているのではないか、そんな事さえ考える程です。



もちろん、ロゴス(言語)での伝承も大切です。

しかし、口聞伝(くぶんでん)だけでは、伝承・継承には齟齬が生じたり、正確に伝えられなくなると言う危険性が伴います。

ロゴス(言語)で伝える事も大切ですが、それを形にしたエトス(行為様式)も、正確に物事を継承していくためには、やはり大切です。

そうして、エトスを通して「伝承していくことの大切さ」を、パトス(精神性・感性)で理解し、それをまた伝承していく。



私は、京都の五山の送り火を始め、意地でも伝統行事を絶やさずに継承していこうといも捉えられるこれらの行事から、そのような事を見出しております。



方便やこじつけかも知れませんが、その辺りは「蒟蒻問答」的な学び方として、ご勘弁頂ければと存じます。
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京都五山の送り火にまつわる言い伝え

堅苦しい話が続きましたから、最後に京都の五山の送り火にまつわる言い伝えをお話し致します。

仏教においては、迷信めいた話に惑わされないように戒めるところではありますが、ちょっとした楽しみやアクセントとして楽しんで頂ければ幸いです。

もちろん、盲信はしないでくださいね。



五山の送り火を無事に点火して、きっちり燃え切った後の燃え残りに関する伝承があります。

それは、
:送り火の燃え残りを戸口につけたら疫病避けになる
という話です。

また、盗難防止にもなるという話が御座います。

だからといって、戸締まりを怠って良いと言う話ではありませからご注意をば。



この話は、禅僧の本に書いてありまして、私も本を読ませて頂いて初めて知りました。

そもそもとして、これって五山の送り火に点火する役を担う人にしか叶わないことだと思いますがね。



また、五山送り火を盃にしてぐいっと一杯やると、中風(脳卒中のこと)にならないという言い伝えもあります。

これは、全くもって迷信でありまして、むしろ脳卒中のリスクを高めることになりますから、どうしてもやるというなら止めはしませんが、リスクがある事はしっかり知っておきましょう。



これらの言い伝えって、不合理であるとつくづく感じるものです。

でも、それを言ったらそもそも京都五山の送り火そのものが、不合理と言えば不合理ですね、祇園祭にしても、その他のお祭りにしても。



でも私は、文化は不合理であり、効率性とは全く別次元の事であり、それが宗教の魅力でもあると頂いております。

むしろ私は、不合理を楽しめる粋な心や精神性を大切にして、それを伝えるためのエトス(行為様式)も伝承していきたい、そのように思う一人の仏教徒であるという自覚がある事を改めて思い知る今日この頃です。



尚、京都五山の送り火と関係したお盆の話を、こちらでまとめておきました。

参照:「お盆の情報まとめ」

実家が京都にあったり、京都が故郷でお盆休み期間中に京都で過ごされる場合や、五山送り火を観光目的で楽しみに来られた方にも、学び楽しんで頂ける内容です。





合掌

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