断捨離のコツと効果|七夕とお盆編

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

前回は、七夕そのものの由来を、仏教の側からお伝え致しました。
453505 七夕は旧暦、月遅れの8月7日に行う風習やエトス(行為様式)を観ていくと、仏教との関わりも見えてくるものです。

参照:「七夕の様々な由来と風習の意味 」



そして、このお堂(ブログ)では、断捨離についてもかなり突っ込んだ話をしております。

参照:「断捨離実践のコツと効果まとめ」

「え?七夕と断捨離?何の関係が?」と、いきなり七夕と断捨離の話を持ち出して、不思議に思われたかもしれませんね。

でも実は、前回の七夕の話、盂蘭盆会(うらぼんえ)の由来や風習を学んだ後ならば、実は断捨離のタイミングとしては適切なタイミングという事も観えてくるのです。

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断捨離のコツとして旧暦の七夕という節目を活用する

七夕と断捨離がどのように関係するのか、そこにコツや効果はあるのか。

その話をするために、まずは旧暦の七夕についておさらいしておきましょう。



前回の記事でも触れましたが、七夕は「棚幡(たなばた)」と書いて、盂蘭盆会の時に用意する棚に名前の由来があるとお伝え致しました。

旧暦の七夕は、新暦の8月に行うから、お盆という仏事・仏教行事と関わりがあります。



そして、お盆ではご先祖様の霊、すなわち祖霊をお迎え奉るために、各地で禊(みそぎ)の風習があるという事も、前回お伝えしております。

禊ぎとは、穢れを水で洗い流して清める風習であり、近畿地方や東北地方によっては、その風習の形、エトスは変わってきます。

出来る事なら、その地域に根ざした土地信仰や伝統の風習・形の禊ぎをしたいものです。



さて、ここからが仏教の智慧を拝借した、断捨離を節目に行うという事に繋がってきます。

七夕に、盂蘭盆会で祖霊を迎えるために、身を清めるのは大切ですが、それと同時に、周囲も清めるという意味で、断捨離をするのです。



例えば、本格的にお盆の風習を再現するなら、玄関に麻幹(おがら)を炊いてお迎えするのですが、この時にきちんと玄関を掃除して、玄関の不要物を断捨離します。

また、和室や仏壇に精霊棚を作る際には、片付けつつ不要物を一切断捨離してしまうのです。



玄関を調えたり、和室や仏壇の前を調えるには、どうしても片付けるという手間が出て来ます。

そうであるならば、いっそのことその機会を断捨離を実践する機会にしてしまうのです。



お盆を迎える前の旧暦七夕は、このように考えれば理に適った断捨離の節目でありタイミングだと思われませんか?



このように、節目を活用するというのは、普段なかなか片付けや断捨離が出来ない人にとっては、活用しようのあるコツです。
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七夕に断捨離をする意味と効果1:衛生的にも仏教的・宗教的にも御利益を得られる

七夕という節目、特に旧暦で盂蘭盆会と関わる形で七夕に断捨離をする意味と効果について。



七夕に断捨離をする意味と効果の一つ目は
:物理的・衛生的にも仏教や宗教的な意味においても御利益と効果を得られる
です。

御利益(ごりやく)というと、現代では損得の話に思われそうですが、例え損得という意味での利益(りえき)はあります。



そもそもとして、掃除をすると人体に悪影響のあるホコリやゴミの類いを、一気に捨て去る事が出来ます。

断捨離をする時は、不要な物と共に物欲を捨てるだけでは無くて、整理整頓や掃除も同時に行うのがポイントです。

これは、私が会社で棚卸し作業をするときに、伝統的に
「棚卸しは掃除をしながら行う」
という風習なり習慣を身につけまして、それと同じ事です。

整理整頓と掃除も同時にするわけですから、物理的にも衛生的にも、御利益があるのは当然ですね。



また、仏教的な意味や宗教的な御利益も、断捨離を同時に行う事で得られます。

私の実家でもそうなのですが、お盆を迎える前は仏壇を始め、和室をとにかく掃除します。

ホコリを払い掃除機で吸い、雑巾がけは言わずもがな、和室にある不要な物も一気に捨ててしまいます。

私の場合、やり出したらとことんやってしまう性格で、和室の外まで掃除の範囲を広げていきます。

こうする事で、家の中が片付きつつ、ご先祖様を清めた家でお迎えすることにも繋がりますし、宗教的にも大変意味があり趣があるものです。



祖霊に気持ち良くお過ごし頂くために、旧暦の七夕に断捨離を実践する事は、宗教的御利益という意味でも、理に適っていて、様々な効果があるのです。

こういう宗教的な意味のある節目には、折角ですから、昔ながらの雑巾がけをするのも、良いかもしれません。
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七夕に断捨離をする意味と効果2:宗教的エトスを実践し意味を体感する

七夕に断捨離をする意味と効果の二つ目は、
:宗教的エトスを実践する事で、その意味を体感する
ということです。

意味を体感するというのは、なかなか難しい表現かもしれません。



例えば、私は朝と夜に、浄土宗の勤行をしております。

この勤行が習慣づけられた行為が、宗教的エトス(行為様式)です。

そして、私はこのエトスを続けてる事によって、
「何故、仏教は勤行を毎日するのか?」
という問いに出会わせて頂き、現段階においては私なりの「ひとまずの答なり解」に到達しております。

このような経緯があり、あくまでこれは現在における私の場合ですが、
「勤行が毎日あるのは、毎日己を顧みるためでもある」
という答を、頂いております。
(頂いている、というのは独特な言い回しです。)

そうして今は、勤行をするたびに、その意味を毎回「体感」しているのです。



そして、今回の七夕という節目に断捨離をするというのも、実際に宗教的エトスに触れるきっかけとなり、エトスの意味を体感する効果に繋がるのです。



現代社会においては、確かに精霊棚を準備したり、その前に片付けをしたり、不要物を断捨離するのは不合理かもしれません。

合理的で効率的な事が求められている現代社会では、特に不合理な伝統や風習には、意識していないと忘れ去られてしまうものです。

でも、だからこそこの時期だけ不合理の中に身をおき、実際に身体を動かしてエトス(行為様式)を実践する事で、宗教的な感覚と出会える可能性が広がります。



それに、一見すると不合理に見える伝統や文化も、実践して体験してみると、実はなかなかに合理的である事に気がついたりするものです。

伝統行事や芸能の作法を紐解いて行くと、実はなかなか理に適っていたり合理的だと思われた経験を、あなたもお持ちではないでしょうか。

それと同じ感覚です。



旧暦七夕で断捨離も含めて掃除をする事は、祖霊に対しても礼節を重んじた行為です。

それでいて、迎える生きている人間側にとっても、衛生的で綺麗な時空間で過ごせるわけですから、実はなかなかに合理的だと思いませんか?



また、旧暦の七夕には髪を洗うときに、この日だけでも合掌、礼拝してから髪を洗うという事から始めてみるのも良いかも知れません。

これだって、立派な「穢の断捨離」と言えます。

宗教的な意味もありつつ、身体が衛生的に保たれるわけですから、これも合理的ですね。



こういう事は、私がこうして話して、ふんふん頷いて知識として理解するのも良いのですが、実践して体感して欲しいものです。

そうする事で、まさに「身体で知る」事が出来ますし、自然と伝統に触れて、伝統を継承する下地も出来ていく、そのように私は思うております。



合掌

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