人間関係の断捨離で後悔しないコツ

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

前回は、「人間関係の断捨離の実践とコツ」についてお伝えし、その効果についても触れました。
514721 人間関係の断捨離と言っても、別に社会的に問題のあることをするわけではありません。

悪縁と思える人間関係をキッパリと断ち切る、と言う意味での断捨離の実践方法であり、そのコツという話です。



人間関係の断捨離と言うと、自分が買った物を断捨離するのとは違い、心や感情・精神がある相手在ってのことですから、なかなかに難しさを感じるかも知れません。

人間関係の断捨離の実践や方法によっては、後々面倒になったり、特定の社会・コミュニティで生きづらくなる事も考えられます。



そういう事情があってか、人間関係の断捨離で後悔する事に恐れを成す人がいらっしゃるのも、理解出来ます。

今回は、人間関係の断捨離において、後悔しないコツと言いますか、考え方や心構えを、仏教の智慧を拝借しながら、考えてみる事に致します。

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人間関係の断捨離で後悔しないコツの基礎:御縁の原理を把握しておく

人間関係の断捨離において、いざ断捨離をすると「あのとき、あの人と関係を断ち切らないでおけば・・・。」と、後悔する可能性も、無視出来ないところです。

実際に、何かのトラブルや誤解によって、友人や仕事関係の人、あるいは恋仲にあった人と絶交したり絶縁状態になると言う事も御座いましょう。

また、連絡を取らなかったが故に、自然消滅したという人間関係があると言う人は、ある程度の年を重ねた人ならば、かなりの確立で経験している事であるとお見受け致します。



人間関係というのは、断捨離しようと思って断ち切れる御縁もあれば、自然消滅する御縁もあります。

そのような多種多様な御縁の中で、今回は、自らの意思で人間関係・御縁を断捨離するという事、そしてそこで後悔しないためのコツや考え方についての話です。



その事を話す前に、まずは「そもそも御縁とは、人間関係とはなんぞや」から、言うなれば「御縁・人間関係の原理」から把握しておく必要が御座います。

このようなアプローチは仏教的であり、心の基軸を築いていくために大切な事であります。



これは、あくまで私による「御縁・人間関係」についての出発点の理解や、御縁という概念の頂き方であることを、最初にお断りしておきます。



まず、お伺いします。



「あなたは、この娑婆世界に生まれたくて生まれた、人間関係・御縁を結びたくてやってきた」のでありましょうか?



恐らく、「よし、この人間世界に生まれよう」と思って、生まれてきた人は皆無と言って良いでしょう。

冷たい言い方になるとは思われますが、人間として生まれてきたという事、私も含めて両親と「親と子」という人間関係を結びたいという意思全開で生まれてきた、という人は、皆無かと存じます。

人間関係の最初、出発点は、この世に生を受けた時、受精卵の状態からとかそういう議論はあるでしょうが、少なくとも、おぎゃーと生まれてきた時に親子関係が結ばれたときであろうと、私は頂いております。

「いや、生命誕生から、地球誕生から、ビッグバンから」という話は、ここでは置いておきます。



とにもかくにも、娑婆世界に私もあなたも生まれてきて、産みの親と親子関係となったのは、私達生まれる側がどうこう出来る人間関係ではありません。

現在は、人工授精などの技術は御座いますが、あくまでこれは「現在、生きている人間側の行為」であり、これから生まれ出でる存在が介在できることでは御座いません。

このように、人間関係という御縁の出発点は、原理として受動的です。



ゆえに、人間関係は受動的な部分が多々あり、人智や人の営みだけで、どうこう出来ない部分があることは、原理的には把握して頂けるかと存じます。



だいたい、人間の意思だけで操作できるのであれば、縁結びの御利益のために縁結びの神様にお願いする、という事もしなくて済むはずです。

良縁を結びたいがために、人の力の及ばぬ縁結びの神様にお願い事をするという概念が、時代を通して一定の人気があるのも、人の意思だけでどうすることも出来ない部分を、意識せずとも把握しているからで御座いましょう。



このように、人間関係を結ぶという御縁は、受動的な部分がある事を知って置く事は、いざ人間関係の断捨離をした時、不必要に後悔してしまわないコツの基本と言えます。
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人間関係は断捨離したりと、ある程度の選択は出来るのもまた事実

人間関係は、原理的には人の誕生が示す通り、受動的な部分が多々御座います。



一方で、受動性が強いと言っても、完全に受け身・受動的で無ければならないかというと、そうでもありません。



もちろん、偶然の出会いなど、人の意思に関係無く人間関係が築かれたり、絶縁という状態になる事もあります。

ただ、人間関係や御縁を結ぶと言う事、逆に人間関係を断ち切る断捨離を敢行するに当たっては、ある程度は人の意思が介在する余地が御座います。

だからこそ、「あんたなんか嫌い、絶交だ」という自体があるのですし、悪縁バッサリなんて概念や言葉もあるわけです。



婚活がわかりやすい例です。

結婚願望がある場合、「結婚は御縁だから」と、何もせずに只管待ち続けるのも、一つの在り方です。

一方で、婚活パーティなどに積極的に参加するのも、また一つの方法であります。



婚活パーティに行くなどして、そこで良縁が結ばれるかどうか、それこそ御縁に任せるしかいかない部分もありますが、人間関係の御縁を結ぶ可能性は高くなります。

「婚活パーティに行く・行かない」は、究極的なところは、その思考さえも御縁とも言えますが、少なくとも行くか行かないかは、人の意思が介在できる部分です。



このような事例から、御縁は究極的かつ原理的に受動性からは逃れられませんが、人の意思も介在できる余地が残されています。

それゆえに、人の意思が介在したこと、もっと言えば、自分の意思によって人間関係の断捨離をしたからこそ、後悔の念も生まれるのでありましょう。



このような、人間関係や御縁について、根本的な事を問うのは仏教的なアプローチであり、また、人間関係の断捨離で後悔しない大きなコツであると、私は頂いております。
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人間関係の断捨離で後悔しないコツ1:振り返らない

人間関係の断捨離に到る際、後悔しないコツの基本となる前提部分だけで、かなり長い時間を使いました。

それだけ大切な事である、と捉えて頂ければ、幸いです。



ここでは、自身の意思によって断捨離した人間関係について、後悔しないコツを2つだけにしぼって、お伝え致します。



人間関係の断捨離で、後悔しないコツの一つ目は、
:断捨離した御縁を振り返らない
ということです。



これは前回も触れたことでありますが、大切な事ですから、こちらでも話し方を変えてお伝え致します。



例えば、相手と喧嘩をしたりトラブルになったり、いじられたりして嫌な思いをして、人間関係の断捨離を決意したとします。

そして、いざその人間関係を、御縁を断捨離したと致しましょう。

その場合、極端な断捨離の仕方として、連絡先も一切断ちきり、近づかない努力の実践という方法が御座います。

そして、その後は一切振り返らない、復縁しようという執着も起こらないようにするのです。



私は、実際にこれをやったことがあります。



子供の頃からのお付き合いがあった自転車屋があったのですが、自転車屋はその関係性に甘え過ぎたと感じる事が御座いました。

私に対して、凄く横柄で傲慢でぞんざいな態度になっていき、更にタメ口どころか酷い話し方で、その時に「悪縁なり」と、直観致しましたものです。

もちろん、私の色眼鏡や煩悩によって曇った見方であったことは否めません。

それでも、会うたびにあまりにも不愉快極まり無かったから、こちらからバッサリとその店主との人間関係を、店との御縁を断捨離致しました。

そして、その断捨離の仕方も徹底しておりまして、連絡先も一切残さず、その店の前も一度たりとも通らないようになりました。



この断捨離について、後悔は一切しておりません。

断捨離した自転車屋の事は、今は例としてお伝えするために思い出しはしましたが、「また顔を出して見ようか」なんて振り返り方はしておりません。

完全に忘れることは出来なくても、その業を背負わなければならぬという事はあっても、いちいち振り返って執着すると言う事はしない在り方でおります。



断捨離した物事を振り返ることによって、後悔の念も産みだしてしまうことにも繋がります。

いちいち振り返って思い出しても、不愉快になるだけですからね、断捨離した人間関係は振り返らないことです。



自らの意思で断捨離した人間関係は、振り返らないこと。



これが、経験則から私が言える、人間関係の断捨離における後悔しないコツです。
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人間関係の断捨離で後悔しないコツ2:そもそも御縁を結びすぎない

人間関係の断捨離で後悔しないコツの二つ目は、
:そもそも、やたら人と繋がろうとせず、御縁を結びすぎない
です。



是は特に、寂しがり屋であったり、極端に孤独や孤立を恐れる傾向にある人は、注意したいことです。



人間関係の断捨離で後悔するという事は、そもそも断捨離すべき人間関係があるから、という事は原理的に理解出来るかと存じます。

是は、物の断捨離や仕事の断捨離術についても言える事ですが、そもそも物が増えすぎて困るから、いちいち断捨離する必要が出てくるのです。



SNSやLINEなど、現代社会は薄い人間関係を広く構築しやすい世の中であるために、言うなれば「繋がり症候群」とも言える状態になりやすいがゆえの現象で御座いましょう。

極端な例を申し上げますと、SNSで友達申請が多すぎて、ちょっと何か言い合いになって、その人との人間関係を断捨離した後に、後悔する、と言う事を連続で体験する、ということです。

流石にそこまでは行かなくても、人間関係の断捨離における後悔という心苦しさは、そもそもとして繋がりを求めすぎているから、というのも理由としてはあり得ます。



確かに、人脈を広げたり、色々な人と関係を結び、その御縁を大切に為ることは、現代社会を生き抜く上では大切であります。

世渡りのこともありますし。



ただ、それがあまりにも広がりすぎると、人間関係の断捨離をしなければならなくなる可能性が高まり、結果として後悔する可能性も高まります。

そうであるならば、人間関係・御縁を結ぶ際には、全開もお伝えしました通り、まずは入り口の段階で慎重になり、御縁をきちんと観察する観察眼と洞察力を持ってして、観続ける事も大切です。



やたらと繋がりすぎない、そもそもとして人間関係を結びすぎない。



是も、覚えておきたい人間関係の断捨離で後悔しないコツであると、私には思えます。

そして、そもそもの事からアプローチするこの話は、仏教的であると私は頂いております。



尚、今回の話と共に、こちらも参照して下されば、より理解が深まり、人間関係の断捨離で後悔する事も少なくなるかと存じます。

参照:「断捨離の実践と効果|人間関係編」

参照2:「断捨離で後悔しない実践方法と仏教的思考」

参照3:「断捨離実践のコツと効果まとめ」



また、断捨離の基礎的なことや、個々の断捨離の実践方法やコツ、その効果を知られる事で、更にスムーズな断捨離を観光する事が出来るとお見受け致します。



参照:「断捨離のコツ|ネット情報編」

参照2:「断捨離の効果|仕事の身の回り編」

参照3:「断捨離のコツと効果|服」



悪縁となる人間関係を、バッサリ断捨離した後に、後悔しない生き方を歩まれる力となりましたら、嬉しく思う今日この頃に御座います。



合掌

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