コーチングとは何か、その意味を学ぶ

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

スポーツの世界では、指導者のことを「コーチ」と呼びます。
171597 私がボクシングを教わっていたときは、トレーナーがコーチングをするコーチの役割も同時に担って下さっていたという印象がありました。



最近ですと、ビジネスコーチングとか自己啓発の世界やNLPの世界でコーチングという概念が定着しており、コーチングとは何かを学ぶ人も多くいらっしゃるようです。

コーチングとは何かという意味を考えて観ると、僧侶・お坊さんもコーチに分類は出来ます。



そんな中、私はちょいと「コーチング」というやつを勘違いしていたり、搾取するために使われている事例も見聞きした事がありました。

そのことをお伝えしながら「コーチングの意味」を共に考えてゆければ幸いであります。

スポンサーリンク

スキルの前にコーチングとは何か、その意味をまず学ぶべし

巷には、コーチングに関する本は沢山あります。



コーチングの第一人者的な人物と言えば、自己啓発系の世界で有名な、アンソニー・ロビンズさんや苫米地英人さん辺りでしょうか。

苫米地英人さんは、どんぴしゃりでコーチングと言う名の付く本も出されています。

最近は、アンソニー・ロビンズさんのお弟子さん達も、コーチング本らしきものを出されています。



ちなみに私は「アンソニー・ロビンズの唯一の弟子」と名乗る人達が沢山いて、全然唯一じゃないじゃないか、なんて思っていたりします。

少なくとも、日本でアンソニー・ロビンズさんと写っている写真を自慢している自己啓発系講師は、詐欺的で霊感商法的な事をやっていると観ていますがね。
あくまで、私のフィルターを通しての話ですが。





そもそも、コーチングとは何か。

コーチングの意味ですが、国語辞書的な意味は
:人材開発の技法の一つである
:対話する相手の自己実現や目標達成のための技術
:傾聴して相手を承認し、質問をすることによって自発的な行動を促す

とあります。

後で話しますが、この「自発的な行動を促す」というのが、厄介だったりします。



以前、人の話を聞く仕事についての話を致しましたが、コーチやコーチング技術を必要とする職業も、これに当てはまります。

参照:「人の話を聞く仕事と資格」



仏教を伝える人、仏法を説く僧侶も、そういった意味においてはコーチングの技術なりスキルを持つコーチの役割を担った仕事であり職業と言えるでしょう。
257412

コーチングの技術を、搾取するために脅迫じみた使い方をしている我利我利亡者がいる

コーチングとは何か、まずはその意味を辞書的な意味で学びました。



コーチングの意味においてもその役割においても、
「対話する相手の自己実現や目標達成」
が、最も大切であろうと私は思うております。

相手が苦悩・苦しみや悩みを抱えていらっしゃる場合は、その苦や悩みを和らげる、解決する事がコーチの役割です。

僧侶の例で言いますと、僧侶はまさにそのような苦悩を和らげ、時には解決へ導く人ですし、それは釈尊・ゴーダマ・ブッダの時代から受け継がれている事です。



しかし残念な事に、現代社会ではコーチングを詐欺的に使ったり、弱っている人から搾取するために使っている不届きな我利我利亡者がおるのも事実です。
スポンサーリンク

コーチングの技術を搾取するために脅迫じみた使い方をしている事例

あるNLPだか自己啓発の能力開発だかと、うつ病経験者によるやり取りを読んだ事例を紹介致しましょう。



うつ病を患って苦しんでいる人が、現状を打破しようとNLPだか自己啓発系のプログラムに参加しようかどうか、迷われていました。

そのうつ病で苦しんでいる人を、仮に「Aさん」としましょうか。

そのプログラムはNLPを教えてくれる学校なのですが、結構な大金で、最初に高い金額を要求されます。

Aさんは、やりたいけど迷っているらしく、そこで実際にコーチをしている人と相談する事になったそうです。

コーチはAさんに「迷っていると聞いた。」「それで、自分はどうしたい?」と、聴いてきます。

で、ここからずっとコーチのターン。

迷っている時間を計算して、具体的な数字を示したり「迷っている時間は勿体ないけど戻らない、実に勿体ない」と、揺さぶりを掛けてきます。

「何もしないで迷い続けるか、決断して幸せになるか?」と、更に揺さぶり。

「決めるのは君だ。やるのか?やらないのか?」「今こうして迷っている間にも時間が過ぎていく、やるのか、やらないのか!」と、決断を迫るコーチ。

そして、Aさんは「やる」と決めて、そのまま契約書にサインした、という話です。

コーチ曰く、これがコーチングだそうです。

Aさんは、コーチングは凄く興奮して凄いし格好良いという感想を述べられていました。



ちなみに、これは5分から10分程度の間の出来事です。



あなたはこの話を読まれて、どのように感じ、どのような事を考えられましたか?

このコーチングの名を語ったやり取りについて、私の率直な感想と意見

私は、この話を読んだ時、
「誘導尋問と脅迫を掛け合わせた搾取や高額商品の押し売り」
と感じました。

しかも、うつ病で決断を迫ってはいけない人に対して、お金を取るような決断を迫っているのが大変よろしくない。

実際にうつ病の苦しみを知り、現在も寛解に向けて療養中の私からすれば、言語道断で「喝!」と一喝してやりたくなる出来事です。



この誘導尋問は厄介な事に、流れは「お客様が自分で決断して行動した事による売買」に仕立て上げること出来ます。

「自発的な行動を促す」ですから、詐欺とは言いにくいし立証しにくいのが現状です。



もしこれがコーチングと言うならば、
:コーチングとは脅迫や誘導尋問の別の言い方
と言われても文句言えません。

これはコーチングでもなんでもなく、ただの押し売り的営業活動です。



それに、ここに登場する自称コーチなる我利我利亡者は、全然目の前にいる相手の声に、傾聴しているような印象を持つ事が出来ませんでした。



残念ながら、こういう脅迫的な誘導尋問は、ネットビジネス系の高額塾や似非コンサルタントの類い、自己啓発セミナーではよくある手法です。

「自発的な行動を促す」ですから、詐欺とは言いにくいし立証しにくいのが現状であることをみこしての事なのでしょう。

実例としてあったのですが、ありもしない概念を一般公開すると嘘をついて集客し、上手い事揺さぶりを掛けて高額コンサルを買わせるように誘導するという卑劣な詐欺師もいて、そやつも脅迫的誘導尋問を駆使していました。



コーチングを都合良く意味を解釈し、自分都合に使っている詐欺師は、ネットビジネス系や自己啓発の世界に散乱しています。

本来は人のためにあるコーチングの技術・スキルやコーチをされている人の風評被害が広まらないことを願うばかりであります。
305769

コーチングとは何か、その意味や在り方を仏教的に考える

コーチングとは何か、その意味については、確かに現在は本や教科書で学べます。

でも、「質問の仕方はこうだ」「傾聴すること、傾聴力を付ける事が大切だ」と言われても、それをなぞっているだけの人は、私はコーチではないと思うております。

コーチングのやり方や技術を、本で学んだり実際に学校・スクールや講座で学ぶことは、もちろん大切です。

それはそれで大切であり否定しませんが、根っこの部分にコーチをする側としての在り方を備えることも、同時に大切ではないか、そのように考えております。



仏教・仏法に、そのヒントとなる概念や考え方、言葉があります。



そのヒントとなる在り方の一つに
:把手共行(はしゅきょうこう)
があります。



これは禅語としても紹介される言葉で、お遍路さんに行かれたことがある人なら馴染みがおありかもしれませんね。

これは読んで字の如く「手を取り合い共に行く」という意味であり、現代的な言葉に言い換えるなら「二人三脚」といったところでしょうか。



コーチもコンサルタントも、本来はこの「把手共行」をすべき仕事であり職業です。



「把手共行」であるためには、傾聴、目の前の相手に集中して話しを聞かせて頂くのは当然のことする在り方です。

でも、人の話を傾聴することなく、もしくは傾聴している振りを装って、高額コンサルや高額塾、情報やサービス等を売りつけて、後はほったらかしという詐欺師っていませんか?

売るまでのコーチング(と言う名の詐欺的な脅迫なり誘導尋問)は上手いけれども、肝心の
:お客様が自己実現や目標を達成する
という事にはてんでダメな我利我利亡者の、いかに多いことか。

まあ、「把手共行」が全く出来ていない、もしくは知らないから、我利我利亡者と呼ばれる所以なのですが。



これからNLPなりコーチングを学ぶ人は「把手共行」という在り方を貫くコーチとなって欲しいものである、と、願いを込めておきます。



合掌

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加