片付けられないのは病気かをチェックする仏教的な意味

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

あなたは、片付けられない症候群という言葉をご存じでしょうか?
436460 もしかしたら、このお堂(ブログ)に来て下さった方の中にも、「自分は片付けられない人なんだよね、病気かしら・・・。」と、現在進行形でお悩みかもしれませんね。

片付けられない症候群と、症候群扱いするなんて、まるで病気扱いという気が致しますが、実際に病気によって片付けられない現象もあるようです。

その辺り、精神科や心療内科を受診したことがある人ならば、よくご存じの事かと思われます。



かくいう私も、後ほどお伝え致しますが、片付けられない症候群という現象に関連する病気と言われている、ADHDなどについて多少かじった経験があります。

それに私は、片付けられない病気云々のために心療内科を受診したわけではありませんが、精神科や心療内科を受診する事の大切さは肌で知り体感しています。

その事から、自分が片付けられない人のは病気が原因であるのか、チェックする事や受診する事について、心療内科体験者と仏教者の目線で、その意味をお伝え出来ます。

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片付けられない病気なのではなく、病気ゆえに片付けられない

片付けられない症候群の代表的な病気は、
:ADHD・ADD(注意欠陥多動性障害・注意力欠如と多動)
であると言われています。

私は、この病名や概念は大学生の時に、教育学で知りました。



今思い返してみたら、確かに今まで会った人の中で、明らかに注意力が欠如して多動な人がいて、片付けがなかなか出来ない、お世辞にも上手いとは言えない人が幾人かいました。

実際に、その人の机の中がぐちゃぐちゃであるがゆえに、物が飛び出していた事を目撃したものです。

別に、人様の机の中を見ようとしたわけではありませんが、あまりにごった返していて、飛び出しているから目に飛び込んでくるレベルです。



また「認知症」も片付けられない症候群と位置づけられている病気の一つですし、私にも関連がある「うつ病」もそうですね。

私の場合は、症状が酷い時は動けなくて片付けどころではありませんでしたから、確かに片付けられない症候群や病気の一つと言われるのも、感覚的には理解出来ます。



ただ、これらの事をよくよく観ると、
:片付けられない病気ではなく、病気ゆえに片付けられない
そのように私は考えております。

片付けられない事が怠け心ではなく、何かの病気である場合は、病気なのですから治療が必要です。

病気故に片付けられないというのであれば、治療すれば片付けに関しても改善するものです。

治療が完了しても片付けられないのであれば、今度は心理や怠け心をチェックすれば済む話です。
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片付けられないのは病気かどうかチェックや心理は色々あるが・・・

世の中を見渡してみると、自己啓発本のコーナーやビジネス書のコーナーには、片付けられない人のための指南書が幾つもあります。

その中には、病気であるかどうか、片付けられない症候群かチェック出来るものもあります。

具体的なタイトルで目を引くものもありますね。

「片付けられない女、話を聞かない男」
「片付けられないのは病気?チェック方法」
「片付けられない人のための3つのアドバイスとコツ」
などなど、探せば沢山出てくるものです。

上の題名どんぴしゃりの本があるかどうかは知りません、今、即興で私が考えた、例えばの題名です。



現在は便利なことに、インターネット上でも片付けられない人のための助言や、チェック項目を知る事が出来ます。

そして、それらの情報は、確かに有用な情報だとは思いますが・・・。



私としては、片付けられない事について病的であると自覚があったり、人からあまりに指摘されるようであれば、関連の医療機関を1度訪れるべきだと思うております。
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片付けられない事が病気なら病院や医療機関を受け、怠ける心理と診断されても、それは有り難い話

肉体的な病気や怪我(骨折や内臓疾患など)によって、明らかに片付けが肉体的・物理的に不可能であるならば、治療すれば片付けも出来ます。

そうではなく、五体満足なのに心理的・精神性の病気で片付けられない人である場合は、私は1度病院や医療機関で診察や専門家のチェックを受けるべきだと考えています。



確かに、最近は本やネットでチェックは出来ますが、自己診断チェックは
「自分はこうありたい!」
という煩悩や願望によって、回答をねじ曲げて不正確な診断になる落とし穴があります。

例えば、心理テストや占いなどで、自分の考えや本心とは違ったチェックをする事って、あなたもありませんでしたか?



これは、仏教の話と関連づけると、独りよがりの禅「野狐禅(やこぜん)」と言えることです。



今回の話ですと、病気じゃ無いのに「自分は病気なんだ!」と思いたい場合、チェックでは病気になるような自己診断をしてしまいかねません。

逆に、病気だと思いたくないからと言って、病気だと診断されないチェック項目にチェックを入れるということだって、独りよがりにやっているとあり得る話です。



カウンセラーや精神科の医師、心療内科の先生といった専門家という第三者の診断は、そういった自分の煩悩による曇りを防いでくれます。



もちろん、ドクターとの相性がありますから、セカンドオピニオンなども視野に入れておくと良いでしょう。

もしも病気で有る事が判明したら、現在は認知行動療法などが確立されており、治療を受けて病気を改善する事が出来ます。

それと同時に、片付けられない人の場合は、片付けられるための行動認知療法も相談しておくと、更に捗ります。



あるいは、診断を受けた結果、片付けられないのは単なる怠け心の心理によるものだ、と診断されても良いと私は思いますよ。

だって、少なくとも病気では無かったわけですし、「自分には怠け心があったんだ。」と改善するきっかけになり、自分の現在地も見つかったのですから。



そうした怠け心の改善には、仏道修行、仏教・仏法の智慧が良い薬となってくれます。

もしも、自分が怠ける心理によって片付けられない人であると客観的に診断されたら、それを起点に仏法を聞いたり、仏教的なプチ修行を掃除や片付けで実践してみることです。

その智慧は、私からもお伝え出来ますし、協力させて頂けます。
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片付けられないのが病気かどうかチェックする意味|現在地を知る仏教が説く智慧の実践

何故私がこれほどまでに、片付けられない状態が病的であり自覚もなら、1度関連の医療機関を受診する方が良いと言っているのか。

私の心療内科に対する敷居の低さも無関係ではありませんが、ここには仏教の智慧や教えが関係しています。



私が、専門家の第三者に診断して貰う事をこれほど強調している意味と理由は、
:より正確に自分の現在地を知る事
だからです。



例えば、目が覚めたらあなたは知らない土地だったとします。

そして「ここはどこだか知らんが、とにかく家に帰らないと。」と、家に帰ると言う目的が出来ます。

この時、目的地は「あなたの家」ですね。

その時「まずやるべき事」は何でしょうか?

それは「現在地を知る事」ではないでしょうか。



今回の表題に照らし合わせると、「片付けられないから、片付けられるようにしたい。」という目的があり、そのために「まず、自分がどんな状態なのか」を知ると言う事です。

もしもその過程で、片付けられない事が病気が原因だったら、それ相応の対応なり治療が必要になります。

単に怠け心や、片付けるのが億劫だという心理の働きであるならば、また別の対応や指導なり対策が必要です。

その対策や心理に効く薬が、仏教・仏法なり禅にあるのですけれども。

この後の、己の現在地を知るという話にも繋がり、怠け心に効く片付けのコツについては、こちらで別途お伝えしております。

参照:「片付けられない人の心理と片付ける3つのコツ」



己の現在地を知るという、仏教が大切に説いている智慧は、片付けるという日常のことにも、実は繋がっていくのです。



現在、片付けられない事で困っているのであれば、正確に現在地を知る智慧として、今回の話を受け取って頂ければ、嬉しゅう御座います。

そうして、実際にあなたが行動に移されて、生活が改善されれば、私としても喜ばしい事であります。



合掌

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