仏教用語と仏教的な言葉まとめ|仕事編

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

このお堂(ブログ)では、たびたび仏教語・仏教用語をお伝えしておりまして、その中には色々な分野で問いを発するきっかけとなる事も御座います。
442011 先日、真宗大谷派のお坊さんから、私も普段からは意識するようにはしておりますが、改めて「当たり前を問う」事の大切さを再確認させて頂いたものであります。

仕事の上で、仕事に慣れたが故に、当たり前となっている現状を改めて問い直すという事で、仏教・仏法から照らして頂くと言う事は、有意義であると私は頂いております。



今回は、日常生活・日暮らしにおいて費やす時間も多いであろう「仕事」にしぼって、仕事をする際に力となってくれるでありましょう仏教用語を、復習がてらお伝え致します。

今まで、このお堂(ブログ)でお伝えしてきた仏教用語にしぼりますから、ここから各々の仏教用語に富んで頂けるようにしております。

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仕事や商い・ビジネスの言葉にさすらった仏教用語は沢山ある

現代社会では、仕事や商いに関する用語なり言葉と言えば、「ビジネス用語」として認知されているかと存じます。

私は、「ビジネス」を「取引」と読み替えており、西欧的で競争なり駆け引きの要素が強いと思うております。

一方で、日本的な商業的営みを「商い」と呼び、「ビジネス」と「商い・商う事」を、違う概念として位置づけておりますが、この話については、ここでは省きます。



現在のビジネス用語なり、仕事で使われる、あるいは経営学や経営に関する事柄において使われる言葉には、仏教用語由来である事が結構御座います。

経営学を習った人ならば、戦いから来た用語であると習った事もあるでしょうし、私も龍谷大学で経営学を学んでいたときに、享受からそのような事を教えて貰った事も御座います。



一方で、ビジネスや経営、商いに関する言葉には、仏教語・仏教用語由来という事も、結構あるものです。

この「経営」も、実は仏教由来の言葉であり、「経常利益」などの「利益」「経済」も、仏教用語であったりいたします。

社員食堂などの「食堂」も、ビジネスマナー講習やセミナーで教えられる「挨拶」「会釈」も、仏教の言葉であるとご存じでしたでしょうか。



そのような事から、このお堂(ブログ)でお伝えしてきた仏教用語にしぼり、仕事やビジネス、商いに関する仏教用語を、ざっとまとめてお伝え致します。
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仕事と仏教用語1:挨拶

仕事やビジネス・商いに関する仏教用語一つ目は、
:挨拶(あいさつ)
です。

参照:「挨拶の意味」



挨拶運動など、学校でもされることでありましょうが、仕事をする上でも、やはり挨拶は外せない行為様式で御座います。

現代的な挨拶の意味と言いますと、二番目にお伝え致します「会釈」から、最敬礼までの事を言います。

挨拶には、「軽い挨拶」から、社会的に目上とされている人に対しての「厳粛な挨拶」まで、幅があるというのが、現代的な挨拶です。



「挨拶」とは禅語であり、禅仏教由来の仏教用語です。

禅語には「一挨一拶」と言って、禅僧同士、あるいは師匠と弟子が公案・禅問答により、どこまで悟ったかを推し量る、試し合う場面で使われる言葉です。



私は、仕事をする上でも、仏教用語としての挨拶も、現代的な意味での挨拶も大切にしたい、そのように考えております。
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仕事と仏教用語2:会釈

仕事やビジネス・商いに関する仏教用語二つ目は、
:会釈(えしゃく)
です。

参照:「会釈の意味」



会釈とは、一番目の仏教用語「挨拶」と、共に考えたい言葉と意味、概念であります。



現在使われている「会釈」の意味は、「軽い挨拶」というニュアンス・語感が強いように思えます。

知り合いなり会社の関係者とすれ違い様に出会った場合、「どうも」と、頭をぺこっと軽く下げるような挨拶の仕方を、「会釈」と表現します。



ビジネスマナー講習やセミナー、あるいは新人研修などで、挨拶の幅・グラデーションを解説するときに、「会釈は軽い挨拶」と説明された人もいらっしゃるかと存じます。

ビジネスマナーにおいては「会釈、敬礼、最敬礼」の順に、するべき相手も変わってくると、教えられる事も御座いましょう。



仏教用語としての「会釈」は、「和会通釈(わえつうしゃく)」から来ている言葉であり、「仏法・仏説の真意を明らかにしていく」という意味です。

釈尊(ゴーダマブッダ・お釈迦様)は、対機説法によって様々な仏法を説かれていたがゆえに、一見すると相反する、あるいは矛盾する法も御座います。

そこから、それらの相違点を掘り下げることにより、釈尊が説かれた教えの真意を明らかにする、ということです。



会釈とは、挨拶としての意味も大切でありますし、会議においては仏教用語としての「会釈」を、念頭に置いておくことが望ましいのではないか、そのように頂く次第で御座います。

「会議を始める」というよりも、「これから会釈を始めます」と言う号令で始めると、違った趣があるやもしれません。

もっとも、前提として仏教用語としての「会釈」を、参加者全員が把握している必要がありますけれども。

「会釈を始めます」と言われたら、いきなりみんながペコペコと頭を下げまるのは、それはそれで笑い話にはなりそうです。

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仕事と仏教用語3:融通・融通無碍

仕事やビジネス・商いに関する仏教用語三つ目は、
:融通(ゆうずう)と融通無碍(ゆうずうむげ)
です。

参照:「融通の意味と融通無碍」



融通と言うと、現在使われている意味は「都合に合わせる」とか「金銭的なやりくりが都合良く行われる」といったところです。

また、柔軟性や「臨機応変」という言葉の意味と通じるであろうと思われます。

「あいつは融通がきかないね」と言われると、柔軟性が無くて、臨機応変に対応出来ない、という意味なり文脈で使われる言葉です。

最も、「あいつは融通が利かない」と文句を言う人にとっては、「あいつ」が自分都合に動いてくれない、という煩悩から発される言葉であると、気づいて自覚すべき事だとは思いますがね。



仏教における「融通」は、「融通無碍」とも言い表される言葉であり、「融け合い通ずる」という意味です。

「碍(げ)」は「さまたげ」という意味で、それが無いから「無碍」であり、ゆえに「さまたげることがなく、融け合い通ずる」ということです。



これは、「挨拶」と「会釈」とも関連がある仏教用語です。

きちんと挨拶をして、会釈をするまでの関係に到ると、自ずとお互いを妨げる壁も薄らいでゆくことで御座いましょう。

そうすると、お互いが「融通」した存在となっていくことを考えるならば、自ずと場面も想像して頂けるかと存じます。

もっとも、あまりにも近すぎて、親しくなりすぎるが故にかえって「融通」しない事もあるのが、娑婆世界でみられる現象です。

長年連れ添った夫婦が、お互いの存在が「当たり前」になっているが故に、お互いに相手を自分都合によって「邪見」の眼でみてしまい、現代的な意味における「邪見」にしてしまう、という事は、よく見聞きする話です。

仏教用語としての「融通」であり続けるためには、「当たり前」を問い直す事は、ここでも大切であろうと、頂く次第で御座います。

夫婦の営みの場合でしたら、それが「一蓮托生(いちれんたくしょう)」に繋がり、仕事ではスムーズな業務の進行にも繋がる事でありましょう。

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仕事と仏教用語4:律儀

仕事やビジネス・商いに関する仏教用語四つ目は、
:律儀(りつぎ)
です。

参照:「律儀とは今こそ意味を学びたい仏教用語」



「律儀」は、現代の読み方でしたら「りちぎ」であり、これは仏教用語からも、大きくさすらって意味がかけ離れてはいない、と頂いている言葉と概念であります。



現代的な意味での「律儀(りちぎ)」とは、「義理堅くて実直な人」という、真面目な人という意味で使われる事が多い言葉です。

「あの人は律儀だね」と言われると、嬉しくなる人も多いのではないかと存じます。

律儀の度が過ぎると、上の「融通」と関連しますが、「融通が利かない、お堅い人」とも言われそうではあります。



仏教用語としての「律儀(りつぎ)」は、「戒を律する、己を抑制する」という意味が御座います。

己を抑制するというのは「悪行に手を染めぬ事、悪業を積まない」という意味であり、これはダンマパダ(法句経)にも関連が御座います。

ダンマパダ(法句経)には、次のように書かれております。

悪事はなさぬことがよい、後に悪事が苦しめる
また善事はなすがよい、後に苦しめられることがない

これは、白楽天という人と、そのお弟子さんの話を思い出させて頂ける句であります。



白楽天さんは、お弟子さんに「師匠、仏教の極意ってなんですか?」と聞かれました。

すると白楽天さんは「悪い事をせず、良い事をたくさんすることです。」と答えられました。

お弟子さんは「そんな事、3歳の子供でもわかってる事ですよ。」と言います。

そこで白楽天さん「3歳の子供でもわかることだが、80歳になるまで年を重ねた人でも、なかなか実行出来ていないことです。」と仰いました。

この話は、当たり前を問い直すという事に出会わせて頂ける話であり、また、親鸞聖人や真宗・浄土真宗が説く「わかっていても・・・」という、どこまでも続く内省に繋がる話であるという味わいを頂いております。

植木等さんの詩「スーダラ節」の、「わかっちゃいるけどやめられない」にも、通じると頂いておりますが、如何でしょうか。


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この話を本で読みたい方は、玄侑宗久さんの「私だけの仏教」に書かれておりますから、そちらを参照図書とされると良いでしょう。



現代的な意味としても、仏教用語としても「律儀(りちぎ:りつぎ)」は、大切にしたい心構えであり、在り方であると、味わいを頂く次第で御座います。

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仕事と仏教用語5:ビジネスマナーに関するまとめ

今回は、仕事に関する仏教用語にしぼって、過去にこのお堂(ブログ)でお伝えしてきました仏教用語から抜粋し、まとめさせて頂きました。

まとめたと申し上げましても、4つだけではありますがね。



そこで、最後に仕事をビジネスと呼ぶ人も多いでしょうから、わかりやすく「ビジネスマナーと仏教用語」についてまとめた場所をご案内して、締めくくらせて頂きます。



参照:「ビジネスマナーとは何かを学ぶ智慧まとめ」



仕事やビジネスマナーに関連する仏教用語を学ぶと共に、「そもそも、ビジネスマナーとはなんぞや?」という、仏教的な考え方や問い方に気づいて頂けたのであれば、大変嬉しゅう御座います。



合掌

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