増上寺の24時間不断念仏会2016の感想体験記|後編・仏教を体験し身近に感じる

有難う御座います、ようこそお参り下さいました、当庵(ブログ)住職の真観です。

第11回増上寺の24時間不断念仏会についてで、前回の前編にて実際に私が参加させて頂いた事柄について、事実を羅列する形でお伝え致しました。

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2016年(平成28年)年5月14日(土)から5月15日(日)にかけて行われました「第11回増上寺24時間不断念仏会2016」。
この日は、丁度5月15日(日)に「安国殿」で催しがあり、素晴らしいタイミングで増上寺を体験する事が出来て、凄く嬉しゅう御座います。



前回は、主に事実確認やスケジュールを追う形でしたから、感想らしき感想はあまり報告しておりませんでした。

今回は、感想も盛り込みながら、24時間不断念仏会で魅力だと感じた事などを、お伝えしていく後編と致します。

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仏教・仏法とお坊さんを身近に感じる事が出来る別時念仏会

24時間不断念仏会では、30分でも1時間でも、私や幾人かの人達のように、最初から最後まで念仏を称えさせて頂くのもOKという別時念仏会です。



お寺の行事・仏事と言うと、ご年配の方が多い印象を持たれる方もいらっしゃるでしょうが、若い年代の方も結構いらっしゃいます。

私と同年代から、もっと若い年齢の方も沢山いらっしゃり、、中にはお子さんをお連れのご家族も来られたりと、来られた方々の年齢はかなりばらつきがあります。

私が座っている座席の後ろ辺りで、子供が一所懸命「南無阿弥陀仏ナムアミダブ」と称えられていたのを覚えておりますよ。

お子さんをお連れの方もいらっしゃり、ハワイの中継時には中継地のお寺で子供がカメラに向かって何やら笑いかけたりと、そのような場面もありました。



本来、こういう厳かな場には、子供は寄りつかなかったり、お子様禁止という印象もあるでしょう。

また「俺は仏教徒じゃないし。」「私は無宗教者だから関係無い。」と思うていらっしゃる方も多いと思われます。

でも、24時間不断念仏会では、老若男女、子供でも参加可能であり、特にお子さんにとってはお念仏や仏教、お寺とお坊さんと接する機会となります。

若くて「自分は無宗教だから」という人も、己に宿る宗教性・宗教心の自覚や発願心・仏性を自覚する機会にもなるのです。



昨今は、仏教が「ぶっちゃけ寺」が放送されるような環境で、仏教ブームかと思いきや、それでもやっぱり敷居の高さを感じる人が多いというのも、また感じるものであります。
(あくまで、私個別の感覚では御座いますが。)

そのような時代に、連綿と受け継がれ、東京タワーや大きなオフィスビルが建ち並ぶ町中でお念仏をさせて頂くという体験は、貴重な体験だと私は思うております。



そして、町中にある増上寺にて「南無阿弥陀仏とお唱え申し上げる」という宗教体験をする事は、仏教・仏法が近くにあるという事を感じる事に繋がるとも考えております。

24時間不断念仏会は、自由参加で強制は一切なく、宗教への無理な勧誘もありませんし、本当に気軽に立ち寄れるお念仏の行事です。



参加されていた人達について、もう一つ付け加えるならば、観光客らしき諸外国の方が幾人かいらっしゃいました。

参加された方は、名簿に記録があるだけで250名を超えた、とのことです。

インターネット参加やUstreamでの中継地も加えると、参加者人数はもっと増えるでしょう。

お坊さんとゆるく、時には真面目な話をして頂く貴重な場

私は、24時間不断念仏会を始め、別時念仏会や十夜法要、その他のお坊さんが主宰されるイベントに参加するようになっての感想といいますか、感じている事があります。



私がこのような仏事・イベントに参加させていた頂いて、魅力的だと感じているのは、
:お坊さんは身近な存在である
:仏教・仏法は我々忍土を生きる人が忍土を生きる智慧である
:今を生きている私たちが学ぶ智慧である
という事柄です。



24時間別時念仏や十夜フェスでは、休憩時間に休憩室で、あるいは食事時に、また行事で少し話をするタイミングなどで、何度もお坊さんに接する機会を頂きました。

私が別時念仏会に自然と脚を運ぶようになった最大のきっかけが、実はこのお坊さんとの大切な時空間を共有して頂けるというところにあります。



お念仏休憩中、休憩室にお坊さんがいらっしゃって話をする機会やご縁が出来ますと、お坊さんに仏法を教わったり、仏教について教えて頂ける貴重な体験となります。

今回は、法然上人や親鸞聖人について、
:悪人正機説
:一枚起請文と一紙小消息
:勤行の形式について
などなど、色々な仏教の話、浄土宗や法然上人について、勤行の仕方等を教えて頂くに至りました。



勤行は、私も浄土宗の勤行を朝と夜にさせて頂いておりますが、増上寺の朝のお勤めは違った御経や偈文を読まれ、読み方も違ったから新鮮でした。

一つ例を挙げると、私は勤行の時「開経偈」の後に「四誓偈(しせいげ)」を唱えさせて頂きます。

でも、増上寺ではこの日は「四誓偈」とは違う御経を読まれていて、お寺や住職によって部分的に違うという事を、朝のお勤めの後で、お坊さんから教えて頂きました。



その他、わからない事や疑問に思っている事も、お坊さんに話したら全部答えて頂き、勉強させて頂いたものです。

こうした疑問や仏教でなかなか解決しない事柄についてのヒントを、お坊さんから直接御法話頂ける機会は、凄く貴重で大切な時間だと、私は思うております。



また、24時間別時念仏会では真面目な話だけではなく、ゆるい話もお坊さんとさせて頂く事も出来て、お坊さんや仏教を身近に感じる事も出来ました。

私が感じる、このような仏事・イベントの最大の魅力が、今話した
「普段あまり接する事がないお坊さんを身近に感じる事が出来る。」
「仏教の話や仏法を説いて頂く貴重な体験機会。」
です。
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宗教体験や非日常を体感出来る機会

私は、24時間不断念仏会では、悟る事や祈願成就などの利益を欲しいためにやっているわけではありません。

また、永観堂の伝説よろしく、お念仏しているといつの間にか隣に阿弥陀様がいらっしゃって「声が出ていないぞ」と言われるという体験をしたとか、そんな宗教体験も一切ありません。



でも、「これも宗教体験のうちかな?」と思う事は、幾つか経験致しました。



その一つが、増上寺の朝の勤行です。

増上寺は、周囲が大通りであり、周りには東京タワーがあったりオフィスビルに囲まれていたりと、結構音声がする都会に建立されております。

でも、境内を案内して頂いている時、昼間でも騒音が全然聞こえてこなくて、凛とした静けささえ感じた場面がありました。

もちろん、観光で来られている人達の話し声は聞こえますが、ひとたび人がいない場所へ行くと、静けさを感じたものであります。



また、早朝の増上寺に灯籠を観に行った時、お寺の朝は凄く静かであり、そこに「神聖さ」という言葉を体感致しました。

朝のお寺には「神聖な静けさ」というのがあるものなのですね。



その他には、増上寺の毎朝行われている勤行、朝のお勤め時に
:荘厳(そうごん)
という言葉を目の当たりにし、荘厳さを体験致しました。

なんというのでしょう「凛とした」という言葉はこういう場面で使われる言葉なんだな、と、痛感したものです。

本堂に響き渡る、僧侶の通った声は、実に美しく、見事であり、形容詞がなかなか思い浮かびません。

まさに「荘厳」としか言いようのない場でした。



これもある種の宗教体験と言えるかもしれませんね。



そして、こういった体験が出来たのは、増上寺というお寺ならではの事もあるだろうと
:場の力
についても、改めて考えるきっかけとなりました。

この場合の「場の力」は「環境や土地そのものが持つ力」という意味です。



非日常の場の力というのは、日常では考えつかない、及びも付かないきっかけなりヒントを頂けるものです。

毎日の忙しさに追いやられていたり、悶々と生活している人は、お寺の「場の力」が、生きる力やヒントを得るきっかけになり得るでしょう。

24時間不断念仏会やその他の一般開放されている仏教行事は、そのようなよきご縁となるきっかけだと考える今日この頃です。



もしも、そういう場であなたと出会えたら、素敵なご縁だと思います。



尚、前半はこちらに御座います。

参照:「増上寺24時間不断念仏会2016感想体験記前編」



24時間不断念仏会、別事念仏会という浄土宗の仏事について、少しでも味わって頂き、興味を抱いて頂けたのであれば、大変嬉しゅう御座います。



合掌

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